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May 2007

05/29/2007

初めての六甲地獄谷

5月26日
友人ときちゃん企画の六甲トレッキングです。
まだ寒い頃から話は始まっていたのに、いつもの掲示板にアップされていない・・?
都合よくないんかな?あの計画はなくなったんだなと思っていたら、ときちゃんから、朝の6時過ぎにいきなり電話。
「ごめーん! YOKKOさんとこだけメールするの忘れてた~」、予定入れてなくてよかった。

9時に芦屋川駅に集合。
総勢11人、似たような年齢のなかにときちゃんの長男とその友人がひときわ若者。
楽しくお喋りしながら(1人で喋ってたって言わんといてよ!)高級住宅地の坂道を登っていき、木陰になった先に高座の滝があった。
さすがに土曜日、何組かのパーティーがいた。
トイレ休憩のあと登り始める。

地獄谷というところを行くらしい。
と、すぐに待ったがかかる。
ときちゃん、「こんなの初めてやわ!」「行けるかなぁ?」って?? 左下に見えていた池、じつはこの日のコースで流れが増水という感じじゃなく、まるきり池。
「まるで、アドベンチャーレースやな」と、頭上にリュックを載せて泳ぐんかな?と思ったら、山道の専門家リータさんとサブリーダーのぶっちゃんが道を探しに行った。
何とか踏み跡くらいのところを歩いて進む、青年がどう滑ったのか? 頭を下にまっ逆さまに落ちそうになってしまった。
みんなで彼の足を引っ張り救出する。
めがねもリュックも落とさずに済んだので、傷の手当てだけして進む。 やがて池を迂回できた。
綺麗な渓流に下りて渡渉を繰り返しながら登っていくと、写真撮りたくなるような2段の滝があった。
「なに??、これ登るの?」
ときちゃん、すでに濡れながら登ろうとしていた。
左には巻いて登れそうな踏み跡があったので、うずらさんが先行し後に青年たちと続く・・が、結局、1段目を迂回しただけ。 よく見ると、滝登りの方が面白そう。
せっかく登り方を教えてくれるって言うんだし、ここで怯んでは女がすたる!!行くぞ!
もうすでに、足元は少し濡らしてしまっていたし、気温も高く、水の感触は気持ち良いくらいだった。
岩に足を架け、手を架け、登ると、なんてことは無い。
やっぱり、巻き道より登りやすいし楽しい。
いくつか滝登りをし、大きな岩の下に着いた。

万物相というところ。
そこからはザリザリの風化した岩地。 
私にとって一番苦手な所。 ぶっちゃん、思い出したように注意を「力を入れて岩をつかんでも、バラバラっと崩れやすいので、今までのようなしっかりした岩ではないから注意して・・」と。
足場も、細かく風化した砂利で滑りやすく不安定でつかんだ岩もバラバラ崩れるし・・・、まぁ何とかピークまで登り、黄砂に霞む神戸の街や海を眺め、下るのは登るよりコワイ。
しかし、だんだん慣れてきて足を滑らせながら下りたり出来るようになって、元の所に下りる。
同じようなジャリジャリの岩場を登ったり下ったり、巻き道を行ったりしながらやっと、普通の土の道に出た時はやっとハイキング気分になった。
つづく・・・

05/26/2007

IKUO collection at Gallery Mozu

1年に2~3回、ギャラリー「もず」で展示販売される「IKUO」さんのアクセサリー・コレクションを見に行きました。

Maruhuku 場所は、大阪、北浜。
隣のビルは蔦がびっしりの古いビル、「もず」があるビルも古くて素敵なビル。
ビルと言ってもむかーしの古いビルなので4階建てくらいかしら。
1階にもギャラリーがあって陶器などが展示販売されていたり、2階に雑貨屋さんが入っていたり。
残念ながら、昨日は雑貨屋さん、お休みだった。
IKUOさんはパリで活躍されているデザイナーで、日本にもファンが多い。
小ぶりの普段でも着けやすそうなネックレスと指輪を買いました。

お昼は、友人のお勧めで同じ並びの「包丁1本」という日本料理やさんで、2段重ね弁当¥1050-を食べました。
たくさん種類が入ってこのお値段はかなり安いし、美味しかったのですっごく気に入ってしまった。
北浜のオフィス街なので、昼間はきちんとスーツ着た人達が客層で長居する人も居ない。
ランチメニューだからって手を抜いていなくて、注文を聞いてから揚げ物やお刺身を作るみたいなので、しばらく待つのも良いかも。
Maruhuku2その後は、蔦のからまる丸福珈琲店で珈琲を飲んで・・・
それからお仕事へ。

電車に乗ればすぐに行ける所だし、車でもすぐだけれど、なかなか行く機会が無くて・・・、また次も数ヶ月か1年先「IKUO」さんのギャラリーの時かなぁ?
丸福のラスク、昨日も売り切れで残念!
かわりにプリンを買って帰りました、美味しかったです。
食べてばかりで、体重計に乗れません。

IKUOさんのホームページです。

http://www.mode-jp.com/ikuo/

05/13/2007

萩往還。。雑記。。。

257_a186 帰りは新大阪止まりの新幹線で。
爆睡しては目が覚め、また寝ぼけて、荷物を棚から下ろして姫路で下りようとしてしまいました。
「あれ?新大阪止まりやったはずやのに、なんでみんな下りへんのやろ?」
というふうで、もうちょっとで姫路下車してしまう所でした。
寸前で気がついた。
やれやれ。ふぅ~。

宗頭から鎖峠への道で間違えたと思っていたところに上からワゴン車が降りてきたので、停めて道を聞こうとしたら、ガァーっと狭い狭い道なのにスピードを上げて行ってしまって、道を聞けなかった・・・と、人に話したら、「ぼくでも、そうしたよ、知らん振りして、自分も走っている人間じゃないと言う振りして、スピード出して走り去りますよ~」と言われてしまった。そうですよね、わたしもそうするなぁ!

筋肉痛はほとんどでなくて、膝のしたの外側が、何かの拍子に張っている感じがしたくらいだった。
左足の小指が全体水ぶくれで、爪も一緒にぶかぶかして水を抜いても抜いてもなかなか治まらなかった。
二日間くらい当たると痛かった。
あんがい大象にはならなくて小象くらいのむくみだったけれど、ひいてはまたむくんだりしていた。
左足は中指の爪がちょい危なかったみたい。
小さな肉刺は何箇所かに出来ていたけれど潰すのが楽しいくらいだった。

大会の時着用していたのはノースフェイスの汗などの臭いを分解してくれて臭くならない下着(ノースリーブ、メッシュ)と、パタゴニアのウール100%のジップアップ長袖、手袋はあまりしなかったけれどモンベルのウール100%の(スキーグローブなどの)インナーグローブ。
ウールにしたのは、汗の臭いが抑えられるからと、暑さにも寒さにも対応できるから、汗冷えも、経験上ウールが一番良いと思ったから。 
インナーもウールにしようかと迷ったけれど、ノースフェイスを使った。
ウールと言っても透けるほど薄手なので、意外と乾きも速かった。
上は48時間着替えなかった。
昨年は、ポリエステルのウェアで汗の臭いが気持ち悪くて、宗頭で時間が全然無いのに着替える羽目になった。
下のほうも、ノースフェイスのメッシュショーツ、ウールガのボクサーパンツ・ウール100%(わたしはいつも毛糸パンツと言っていますが)、CWXタイツ、砂利避けのゲートル、夜の冷えも防げるから。

そうそう、幻覚なんだか、へんなの見ました。
仙崎から宗頭に向かって一人走っているとき、町外れ辺りで、
ブルーのしまのシャツ着た男性が横にいたんです。
身体が透けて「スケルトン人間なんて、これは幻覚やな、人間とちゃうで。」と思ったら、スゥーとあちらに行きながら消えました。 お化けやったんかも???
眠くない時だったのではっきり覚えています。

萩往還・瑠璃光寺まで

料金所を過ぎて山道にかかるとウォーキングの人たちが道を譲ってくれる。
大勢の人にすれ違いざま、応援をいただきそれに答えながら進む。
Aゼッケンの人が引き返してきた。
それほど故障したふうでもなかったので「どうされたんですか~?」とたずねると、「もう間に合わないから」と、リタイアを決められた様子だった。 他人の状態までは分からないけれど、残念な気がした。
明木市には何時に着いたかはっきり覚えていない、越田さんが「40分までには・・・」と言われていたのでその辺りだろうと思う。
明木市は観光客が多数来られていて賑やかだった。
140km参加の時は、夜明け頃、静かな集落と思って通過し、復路では人がいっぱいで賑やかでびっくりしたのを思い出す。
エイドでは何杯かお茶をいただいた。
ほとんど休まず先へ進む。
ここから一升谷を登っていく。 道幅が広くなだらかな坂道が約3,5km続く。 緑が美しく右に渓流を見ながらの美しい道、だらだらと坂道が続くが、ずーっと歩いたのできつくは無かった。
国道に出て、歩道の無い車道を走り釿ノ切峠頂上を越し、また土の道にはいる。 往還道は何度か古道と国道を繰り返し通る。 
佐々並市が見えた。
15時20分に佐々並に着ければ、完踏できるかなと言われていたのに、佐々並到着が15時30分だった。
自動販売機で甘いコーヒーか何か買おうとしたけれど、1分だって惜しい気がしてやめた。 それより、料金所でも、明木市でも我慢してきたトイレに行く。もう、限界~!!
すぐに済ませて・・・と思ったが、なかなかトイレを出られない、下痢なんて!こんな時に!薬ぜんぜん効きませんやん。。
お尻も痛、イタ~。 これには傷薬キシロAが強い味方だった。
佐々並市を出たのが15時38分。
去年はここで16時半まわっていたからリタイアしてしまったけど、「行けるとこまで、スタッフに止めなさいと言われるまで行けばよかった」と後悔した。
今年は何とか佐々並市を越えた。
ここから、まさかまさかの睡魔にいきなり捕り付かれてしまうなんて。
国道をだらだらと登っていく。
日が差しているが暑くも無く、今年はお天気に恵まれた。
こんな絶好調の天候の時に完踏できなかったらあかんよね!て思いながら坦々と越田さんの背中を追いかける。
右折し、首切れ地蔵前を通り県道に入る。
ここから夏木原キャンプ場までの間の3kmくらい眠ってしまう。 おまけに夢まで見ていた。
その夢によると、一生懸命何かをやっているんだけれど成果が残っていかない、このまま同じことをやっていてはいけないんじゃないか?やり方を変えないと・・・と言う感じ。
今自分がゴールに向かって走っていることなんてポーンと忘れてしまったかのような夢だったので、はっと目が覚めても自分が何をやっているのか忘れた状態で、寝とぼけていた。
「あ、そうだ越田さんにこれでいいのかなぁ?って聞いてみよう~」と、まだ寝ぼけている。
越田さんの姿が見えない!
背中に強い気配を感じて振り返ると10mほど後ろから「振り返ってる間があったら走れ~!」と無言の指示が飛んできた。
そこでやっと我に帰った。
そーだっ!!!
ゴールまで走ってるんだった。
ほんとに、頭がぼけぼけだった。
確か、板堂峠登り口辺りで17時に関門とか言ってたっけ、やばっ! 16時47分、走れば間に合う~、あのカーブの向こうが板堂峠上り口の階段が・・・あれっ?無い。
まだまだ先~?
17時ちょっと過ぎたけど、そこに立ってる警備の人、関門って感じじゃなかった。
ちょっと息を整えて階段を上り、まもなく板堂峠を越す。
県道を跨ぎ、旧道に入りと繰り返し、急ぐ急ぐ。
いつもは下りにブレーキがかかり慎重にしか下らない、膝のお皿をひびいかせたり、剥離骨折したり、いろいろ下りでの転倒・怪我を経験しているので、のろくても怪我するよりはましだ、と思って下りなのにのろい私だった。
しかし、この日は違った、思いっきり走って下った。
このためにシューズも新調したんだし、アウトソールはしっかり往還道をグリップし安全に走れた。
それにしても急な傾斜、つまづいたら2,3回転しないと止まらない感じ。
足は結構元気だったけれど、気分は悪く、走りながらオエッとくる。 
天花畑に近づいたとき、やさしいオカリナの音色が迎えてくれた。 なんて優しい応援なんだろう・・と気持ちが透き通っていくようだった。
天花畑、車道に出たのが17時36分。
もう間に合わない。
そう思った瞬間、わたしの2007年萩往還道は終わった。
越田さんは写真撮るために待っていてくれて、すぐに信じられないスピードで行ってしまった。
「終わった」、そう思ったら急にまた睡魔が襲ってきた。
往還道の石柱の袂で熟睡してしまった。
また夢を見た。目が覚めた時、またまた寝ぼけていて、ゴールまで帰ることも忘れてしまっていた。
ハッと気付いてとことことくだり、ゼッケンを外して瑠璃光寺の本部に「一応帰還の報告です」と言ったら、そこに居た越田さんたちが拍手して迎えてくれた。
せっかくだからって写真も撮ってくれた。
そうだったんだ、時間過ぎたって、リタイアじゃないんだからちゃんとゴール目指せばよかったんだな~、両手を挙げてゴールラインまで走ればよかったんだなぁとその時気がついた。

素晴らしい48時間の走り旅をありがとう。
登ったり下ったり、山や海、街の中、たっぷり楽しみました。
次は、完踏証もらえるように走りたい。
スポーツなんてスキー以外縁がなかったわたしが250kmの大会に出たなんていうと旧友たちはびっくりするだろうな~。

05/11/2007

萩往還道・宗頭から萩へ

昨年は眠くて眠くてフラフラになって蛇行を繰り返していた青海島。 今年も途中で眠くなったけれど、1人で道路の端に座って2,3分仮眠を取ったりしたので何とか眠らずに行けた。
昨年、行きは前後に誰も見えず真っ暗な中1人だったけれど、復路で数人一緒になった・・・今年は私の後ろに誰も来ない。
先に青海島に入った人は途中で抜いたから一人ぽっち。
途中で気がついたら眠っていた。
あかん、あかん!と思ったが、安全に仮眠できそうな所までと思っているうちに、また眠ってしまったみたい。
ガシャッ!!!か?、ガッチン!!!か? そんな火花が出たような音と痛みで目が覚めたら、道路の少し深い側溝に横向いたまますっぽり落ちていた。
「やっばい!もうこれまでか?」と思って這い出し、タイツを見たら破れてない、「よしよし、タイツは無事だ」走れなそうなダメージは無かった。 手から血が出ていて痛かったけれど目は完璧に覚めた。
数分して、スタッフの車が来て、「大丈夫ですか~?頑張って~」と通り過ぎていった。
何事も無かったように「は~い!」と答える。
ちょうど落っこちてるとこ見られなくて良かった!
静が浦キャンプ場は真っ暗になっていた。
仙崎には0時25分に着いた。
昨年と同じくらいだから、非常にやばい。
コンビニが開いていたので食べ物を買ってトイレに行く。
ここから宗頭までの道はぜんぜん記憶に無い。
眠りながら、ふらふらと前の人の赤色灯だけを見ながら歩いた部分なので地図だけが頼りだ。
海沿いに行くと書かれてあったけれど、ややこしいので太い道路を斜めに進み、トンネルを越える。
トンネルを出た所でガードレールを越えて側道に入ると、道に白線が書かれていたのでほっとした。
住宅地の中を通ったり、川を渡ったり、何も無い真っ暗な部分もあり、踏み切りもわたる。地図ではわからないけれど、コース案内を見ながら、地点を確認しながら進むと、ようやく、昨年目が覚めて走り出した辺りまで来て、見覚えがあるので嬉しくなった。
宗頭文化センター、174,7km、午前2時45分くらいだったかな?
芦田さんや森塚さんが迎えてくれてとても嬉しくなる。
「すごいな、すごいなー」って、まだまだこれからですよ~。
少しの時間も無駄に出来ないけど、下のほうだけ着替えたい。
荷物を受け取りお風呂場で着替える。
少しだけ横になって仮眠した。
はっと気がつくと3時をまわっていて焦って起きて出発する。
そんな時刻にのんびり仮眠なんてという感じもするが、昨年眠気のために蛇行したり、身体の方は元気なのに意欲が出なかったりしたので、少しの時間眠った方が後で頑張れると思った。

道路を東に3km行くと山沿いに民家が並んでいて、藤井酒店がある。ここもチェックポイント。
角を山に向かって曲がり、しばらく山を登る。
どんどん登っていく、今年は暗いうちに鎖峠を越えれそうだな~と思って登っていく。
しかし、昨年、途中から山道になり、ハイキング道のような所だったと思い込んでいて、「しまった、どうもおかしい、道を間違えた」と思い、地図を調べてもよくわからない。
携帯電話の通じる所まで下りてスタッフに連絡を取り、道を聞こう・・・と山を下りてしまった。
集落まで下りた所で宗頭4時出発の越田さんに会った。
道は間違えたわけではなく、わたしの思い違いだったことだ。
こんな時間のないときにやってしまった!!
同じ登り道をまた登る。 いやでもこれを登らないと先へ行けない。
「もったいないことしましたねー」と越田さん。
ほんまに、あほなことです。
でも、まだまだ絶望的になってないというか、何とかなると思っているところが呑気ですよね。
もうちょっとあのまま登っていけば国道に出たのに・・・。
鎖峠はまた夜が明けかけていました。
どんどん下り、三見駅187,3kmでチェック。
194,3kmの玉江駅を目指す。
海岸から萩のほうに笠山、虎が崎がかすんで見える。
風景は美しいけれど、ゴミなどが流れ着いて少々残念な気がする。
玉江駅まで来ると違う色のゼッケンの人達と出会う。
萩城址の横を通り常盤橋をわたる。
漁港をまわって萩焼き会館から笠山までランナー達とすれ違う。みんなとエールを交わしながら、ryujiさんやじじさん、かねやんさんを探すが会えなかった。
もうすでに東光寺の方へ抜けたかな?と思う。
今年は気温があまり上がらず楽だった。
ただ・・・お腹が・・。
いちど、治りかけてきたと思っていたのに、またひどくなってしまった。 お尻はヒリヒリ、傷薬キシロAが良く効くのでたすかる。
それにしても、止寫薬、正露丸、束にして飲んでやろか!と思うほど効かへん!!
笠山204,8km、9時37分だったかな?
とっとこ虎が崎を目指す。 知らない間に越田さん、ずっと先へ行っている。 もう見離されたかな~?
虎が崎10時何分だったかな?
チェックシートには17分と書いていたけど着いた時刻か?出る時の時刻か?うろ覚え。
1分の余裕も無い。
昨年は10時11分に着いているから、厳しい・・・。
お腹壊しているほかは、元気だから、休み無く進めといわれれば出来そうだった。
東光寺215,8kmには11時57分に着いた。
チェックして引き返す。
越田さんが、遅くとも萩料金所を13時には通過しないと駄目だよと指示してくれる。
萩最後のコンビニでトイレを借りる。
越田さんに先に行ってもらう。
「ちゃんと追いついて来るんだよ」と言われたけれど駄目かも? だらだらと登りばっかりだし。
エイドに食べ物が残ってないかもしれないので、パンと飲むものを買って追いかける。
トイレで時間かかってしまったので、もう追いつけないと思いながらもベストを尽くすつもりで走る。
歩きのゼッケンの人達が応援してくれる。
250kmの部よりなぜかウォーキングの部の方が若い人が多いように思う。
料金所の手前で越田さん発見!!きゃ!追いついちゃった。
エイドではレモンだけいただいた。
しゃきっとする。
13時料金所通過。
いよいよ萩往還道に入って行く。
土の道は足に優しい。段差のある下りもどんどん進む。
いつもは下りでブレーキがかかり慎重にしか下らないけれど、あと数時間の勝負だ、思い切って行こう。
道端にはピンクの可憐な花がたくさん咲いている。ワラビも出ている。ウォーキングの人が一番、この往還道の良いところを楽しんだんじゃないかな?と思う。

萩往還・青海島へ

千畳敷でチェックをして早々に下る。
西坂本のエイドでは中学生の皆さんがミニカップラーメンを何種類か用意して食べさせてくれる。
きっと、いつもはお母さんに甘えているくらいの中学生、この日はランナーのために精一杯接待してくれる。
あっという間にツルツルっと食べてしまったけど、美味しかった。元気な声で、「頑張ってくださーい!」と送り出してくれた。
昨年は17時7分だったけど、今年も同じくらいだったのかな?
湾の向こうにはこれから行く青海島が霞んで見えている。
山陰線に沿って黄波戸峠を越えて、深川湾に出る。
こんな風景だったのかな~? 
2回目だけど、ところどころ、まったく記憶に残っていないばしょもあった。
道路の標識に「萩○○km」というのが見えた。しかし、そのまま萩を目指すわけには行かない。 
長門市の町はコンビニもあって賑やかなところだ。 仙崎まであと少し。
国道の走行は退屈になるが、わき目も振らずとにかく仙崎!仙崎!
正明市からまっすぐ、まっすぐ。 昨年は線路を越える陸橋でこれで良いのかなー?とうろうろしていたけど、今年は迷わず進む。
仙崎公園の関門は20時、要項では20時30分となっていたが変更された。 19時47分ぎりぎりだった。142,7km。
記帳する人が間違えて復路の人のほうへ書いてしまう。
ノートを覗くと、数分前に1人行っている。 私の後から来ていた人達はゆっくりしゃべりながら歩いていたからここで止めるんだろうから、私が最終かな。
これから街灯も無い民家も無い片方が山、片方が海の真っ暗な青海島に入っていく。
復路の人達とすれ違う。 みんな、頑張れよ・・・とエールを送ってくれる。
チェックポイントは青海島の先端にある鯨墓、10,2km先。 関門は22時30分。
途中には静が浦キャンプ場のエイドがあるが時間もないので立ち寄らないつもり。
昨年は、眠くてフラフラ入っていこうとしたら、もう撤収しましたからと言われて、あてにはしてなかったけど、寂しい感じがしたところだ。
海沿いを行くけれど、日本海側の特徴なのか、崖が多く道は水辺ばかりではなく、峠になっていたりする。
鯨墓には22時に着き、チェックをしてさっさと復路へ。

下痢はこの頃、小康状態でトイレに行く回数も抑えられていてたすかった。 しかし、常にトイレには行きたくて、我慢できるかな?というくらいの状態。

05/10/2007

萩往還・日本海

大坊ダムのエイドでトン汁をいただく、暖かくて美味しかった。

山をどんどん下る。

昨年はピーカンのお天気で、ずーっと先にこれから向かう俵島がはるか彼方に美しく見えたけど、今年はモヤがかかっていてぼーっとした風景だった。 お天気下り坂なのかなぁ?

海岸沿いの道は細かくアップダウンを繰り返し、4回くらい小さなデコボコ地形の後、やっと海湧食堂が見えた。7時50分。昨年よりちょっと早く着いた。

お腹が空いた。 ここではおかゆとおかずが食べられる。

お腹が空いたのになかなかパクパク食べられない。

初めてのチェックポイント・俵島を目指して行く。

昨年より暑さはましで走りやすかったがその分、みんなのペースも速く、大勢はもうこの往復を過ぎていたらしくランナーはまばらだった。

俵島の分岐で右にとり、北周りで行く。 傾斜はあるが距離がすこし少ないらしい。 この道は、山の中を通るので木陰が多く涼しいので、平たんで日差しそのままの南側より良いと思う。

チェックポイントまでもう目の前と思っても結構ここは遠く感じる。

10時12分(97,8km)、やっとチェックポイントに着き、お水の提供してくださっているおばちゃんにお水をいただき、一番北側の道が坂があるけれど近いと教えてもらったのでこの道を通ることにした。

近いと聞いたけど長いぞ・・・と思っていたら、俵島の手前に着いた。

ふうん、この分岐に来たんだ、と納得。

漁港でトイレを探すが今日は漁港も集会所も休みで借りられない。

近くにいた人が、苦しそうな私に同情して自分の家に来なさいと、自宅のトイレを貸してくださった、ほんとに助かりました、ありがとうございました。

農協から北に行き、だらだらの上り坂を登って川尻岬に着く。12時6分。 漁港でトイレを探してうろうろしたせいか、またまた時間ピンチになってしまった。

だんだん下痢はひどくなり、度々トイレに駆け込むようになる。

川尻でも先に食事したら~?と言われながら、ピューッとトイレに走る。

とにかくお腹が空いたので、ここの辛いカレーが食べたい。

なのに、なのに、カレーが無くなったって??

じゃぁ、御飯だけでもくださいって言ったら、その御飯、炊く途中だとか、うどんは食べたくなかったのでパンをいただいて(買いますと言ったら、気の毒だからお金は要らないと言われた)、かぶりながら進む。

やがて漁港に下りる、漁港の一角にあったトイレに駆け込む。

まもなく白いシーブリーズ(エイド)に着くが、オレンジジュースを注文して、またすぐにトイレに・・・。 もっときつい止寫薬を持って来れば良かったなぁ、正露丸もビオフェルミン止寫薬も全然効かない。

キューッと飲んですぐに出発。

立石観音(117.3km)には14時30分到着。 もう、行くとこ行くとこトイレばっかり。

棚田の坂を登っていく。 千畳敷までずーっと登り道。

あまり暑くなかったので助かる。

山の小さなピークまで登ってから道路に下り、少しまた登った先に山上に広がる草地が千畳敷。

風が強く、風力発電の風車が恐ろしく感じる。

売店の前にチェックポイントがある。 16時10分着。124.7km。

ギャッ!!!昨年と同じ時刻やん!やばいやばい。

萩往還・スタート

140km参加の一昨年、在来線でたまたま同じボックス席になり、走るときもずーっと萩に入るまで一緒だったSさんとまた在来線でお会いした。 昨年の萩往還の話やお孫さんの話など(わたしより数歳年上なだけなのにお孫さんいるとは!!!)楽しくあっという間に過ぎて山口に着く。 Sさんは歩いて瑠璃光寺へ行かれた。

瑠璃光寺前の女性の更衣室に提供されているお店に荷物を預けて説明会会場へ。

説明会も終わり、瑠璃光寺門前の売店のお座敷に戻り、最終準備をする。
途中2ヶ所に預ける荷物は家でちゃんとまとめてあったので、足にテーピングしたりディクトンを塗ったりするだけだった。
最初のウェーブでスタートしたかったので5時から並びに行こうとしたら、ベテランのお姉様方に「まだまだ早いよ~」と言われたけど、落ち着かなく、うろうろする。
クワちゃんに会う、「YOKKOさん、歩く分と走る分を逆にしないと・・」とアドバイス戴くが、ちゃんと走ってるつもりなんやけどなぁと思う。 でも、昨年はかなり眠ったままでフラフラしたから、それだけは気をつけようと思う。

ちゃんと、道端で仮眠するよう心がける。

荷物預け。

余程の事が無い限り、油谷中には立ち寄らないつもりだったので、油谷行きの荷物は何を入れたのか?
もし、雨が降った時用に、着替えだけ入れたかな。
油谷中は近いようで遠かった気がする。立ち寄らずに済むだろう、きっと。

応援の芦田さんや、スタッフの森塚さん、くーさんやあえさんたちとお喋りしているまに時刻となった。(芦田さんもスタッフ?)
えいえいおー!!!の掛け声とともに駆け出す。
はじめは元気だから、信号が赤になるのが恨めしい。
河川敷の自転車道を進む。
川面がすぐ近くで水の流れが気持ち良い。
平たんな道なので皆さんペースが速い。
昨年はかなり意識してペースを落としたけれど調子よく走れるうちはなるべく速くと思い、波に乗って行くように進んだ。
Aさんはよく話しかけてきたが私は元々そんなに走れる者ではないのでしゃべると息が切れそうだった。
よく「お喋りしながら走れる速さうんぬん・・・」と言うけれど、たとえどんなにゆっくりでも、わたしには駄目だ!
川沿いの道はキロ7分くらいだったかな。
だんだん夕闇が覆い、街のネオンが近づいてくると上郷駅、最初のエイド、13,2km地点。
Aさんはトイレに行くと言ってさっさとトイレに入った。
私はパンをいただいたら次へ次へと行きたかったが、人が多かったので、もしやAさんトイレから出て私が待っているかと思って探すと気の毒かな?と思い・・・、でも、1分でも無駄にしたくないし・・・と思っていると出てきたので「じゃぁ、お先に」と言って先に行こうとしたがタイミングを逃してしまった。 これが間違いの元だったな~。
よくしゃべるAさん、眠かったんだね、たいして行かないうちに「眠いから歩こう」と言い出した。
まだ30Kmも行かないうちに歩くなんていやだなと思ったけれど、まぁ、少しならとお付き合いしてしまう。
ゆっくりのろいけれど、私には調子よく走れていたのに・・・。
「よかったわ、YOKKOさんと一緒に走れて~」と言って頼られたのが運のつき!、「じゃぁ1人でトイレに行ってね、先に行くから」って言えなかったのは私の甘さ!!
個人競技なんだし、自分のことは自分でっていうのは常識なのに、ずるずるとお付き合いしてしまったのはいけなかったな。
自分にとっても、Aさんにとっても。人を引っ張って行けるほど私には余裕なんて無いのにな~。
走力のあるAさんはわたしを買いかぶっていたみたいだね。
少々遅れても、走って取り戻せると思っていたのかな~?
わたしはそんな余裕のある走り方は出来ないのに。

湯ノ口エイドで美味しいおにぎりをいただく。
暗いし、昨年の記憶にはこの辺り覚えていない。
今年は眠くならずに進めるので辺りをよく観察しながら走る。
川の流れや水田の蛙の鳴き声など、昨年と同じだけれど、眠くて朦朧としながら進んだ部分なので、今年はちょっと印象が違う感じがする。
下郷駐輪場エイドを過ぎ、自転車道を進む。 時々、山口から○kmと表示があるが、こんな長い自転車道を整備しているなんて山口県ってすごいなぁと思う。秋芳洞の近くを通っているんだけれど、夜ではどんな所かもよくわからない。
満月が道を照らしてくれるので真っ暗というわけではないが。

西寺エイドを目指す。
Aさん、たびたびトイレ休憩するのでどんどん遅れてしまう。
どこで彼女と離れようかと思っていたけれど、わたしと一緒に走れて良かった・・と言う彼女をほっておくことが出来ない。
12時20分、西寺エイド。ウチの娘と同じ年齢くらいの人達がエイドをしてくれていた。飲み物を頂いた。 ホットも冷たいのも揃えてくれている。
そんなに冷えるわけではなかったけれど、ウィンドブレーカーのパンツを着用する。(昨年の経験で、知らないうちにすっごく冷えていて、肩こりまでひどくなった)
豊田湖まで道は少しずつ登っているのかな、エイドの切石亭ではやっと食事にありつける。
うどんだけいただいた。
ここで少しだけ仮眠すれば良いよと言ったのを、どう勘違いしたのか?Aさんは10分したら起こしてねと言う・・・。
「もう、先に行かせて」と言おうとして言えなかった。なんでかなぁ? そんなん、ありえへん! 
5分だけ待って起こす。
トンネルや県道なんて今覚えてない。俵山温泉を過ぎ道はずーっと登り。 砂利ガ峠を越える。
昨年の記憶ではもっと登りが長くきついような気がしたけれど、わりとあっさり越えてしまう。 下りながら「峠、簡単やったし、間違えてるんや無いかな?」と思い、しばらく後続を待ってみる。
全然だれも来ない・・・少し登り返してみたらやっと後続が来て間違ってないことが分かる。
ちょっと(かなりかな?)タイムロスした。

ことしは、ちょっとでも暗いうちに大坊ダムを通過しようと思ったけれど、しっかり夜が明けて明るくなっていた。
ヤバイ! 昨年と同じやん!
実は、お腹の調子、ちょっと悪くなっていた。
薬飲んで、走ってるうちに治るし、とタカをくくっていたがこのまま最後まで治らなかった。

05/09/2007

萩往還・準備

5月1日
なかなか準備が進まない。
取り掛かろうとしても、ワクワク心が浮かんだ感じで手が進まず、夜遅くなってやっと「これじゃぁ昨年の二の舞だ、今年は前日の夜はしっかり寝ておくと決めてたのに」
と、気をとりなおし、リストを作ってチェックしながら床に並べていく。
走りっぱなしだから宿泊などの用意は要らないし、帰りの服も行きの物を着て帰ればいいし。
お天気は良さそうだけど、途中で崩れるかもしれなかったので、宗頭に履き替えのシューズを用意しておくことにした。
汗で臭くなったままずーっと行くのもいやなので、宗頭への預け荷物にはリュックを中身が入ったそのまま預けることにした。 ウェストポーチも入れておけば良かった。
お天気良さそうだったら、萩から山口へはウェストポーチで充分だと思ったけれど、入れておくのを忘れたみたい。
いつも、お腹がゆるくなるので、整腸剤を多めに入れて。
食べ物は、レーズン、アミノバイタルタブレット、アミノバイタルのクッキー、くるみ黒糖、アミノバイタルゼリー。
ヘッドライトはブラックダイアモンド製ので以前使ったものより半分の重さで、より明るいもの。
ウィンドブレーカー上下はパタゴニアのフーディニ
これは本格的な雨には充分ではないので、ポケット雨具のポンチョ(これが使い捨てタイプで一番軽い)。
怪我用に、適当な長さに切ったテープと絆創膏、キシロAビクトリノックス一番小型の物(テープを切ったりできるから)
汗拭きシート(汗のいやなにおいが気になる時用)・・こんなもん要らん、と思っていたけど役に立った。お尻拭きに使った。
日焼け止め。 帽子に付ける日除けタオル(ポリエステルの)。 電池。(換えなくてすんだ)
ipod(眠くなったら音楽でも・・と思ったけど、大好きな音楽さえ面倒で聞く気にならなかった)
コンパス
エアサロンパス。(お付き合いで1度だけつけたけれど、必要なかった)
ディクトン小。(擦れたら塗りなおそうと思ったけど使わなかった)(痛くなった所はキシロAが役立った)
携帯電話
地図、ボールペン
ニットのキャップ(深夜、汗で濡れたキャップに変えて良かった、朝になったら乾いたランニングキャップをまた着用した)
これもパタゴニアの物で、非常に軽い。

そんなとこかなぁ。

リュックはグレゴリーのリアクターにしたけれど、もっと小さな物でも良かったかもしれない。

深夜になるとどんどん動作がのろくなってくる。
また、寝る時間がなくなってしまった。
数時間寝る。 昨年よりはいっぱい寝た。

5月2日
10時5?分 のぞみ11号で出発。
新大阪で買ったお弁当を食べて、しばらくぐっすり眠る。
新山口ではふじいさんに声をかけてもらった。 一番乗り継ぎのいい特急に大勢乗って行ってしまった。
わたしは25分くらい待って在来線で行く。 特急乗らずに浮いた分で駅から瑠璃光寺までタクシーに乗ろうと思う。
昨年はみんなと歩いたけれど、荷物が重いし、肩が凝るといけないので。
タクシーに乗ろうとしたら、見知らぬ方が(ランナー)、瑠璃光寺に行くんでしょう?一緒に乗りませんか?と声をかけてくださったので一緒に乗せてもらって、わたしは390円、彼は500円払ってくれた。 ありがとうございました。
受付ではこがみちゃんに出会った。
美しい五重の塔の前で写真を撮り「かならず帰って来る!」と思ったのでした。

05/08/2007

反省いっぱいの萩往還・されど楽しい萩往還

話せば長くなります~。

報告アップしてないので心配してくださってる方もいらっしゃるみたいなので、手抜きですが、まずは反省から・・・。

この記事内容は、mi○iに書いたのと同じです、すんません、

仕事帰ってから、ちゃんと、報告書きます。

・・・・・・・・・・・

結果:ゴールまで自力で行けました、が、時間内完踏ならず。

ってことは、完踏とは言えません。

お天気にも恵まれ、体調もはじめは悪くなかったし、(2日深夜からずーっと下痢が止まらなかったけど)チャンスだったのに・・・不甲斐無い結果です。

悔しくて、日記を書くまで時間がかかりました。
気持ちの整理がつかなくて・・・(こらっ!カッコつけんな!)
というより、いろんな事があって、話せば長くなる~!
書いても長くなる~!!

幼少の時から(正確には生まれた時から)、走るのも普段の動作ものろい!!
他人は私を見て「おっとりした子やねぇ」と言うしかないほど。
そんな私が萩往還道というすっごい大会のスタートラインに立つことなんて信じられない事なのです。
どこのどんな大会でも、1人だけのマラニックでも、いつも、
自分のペースを乱さず休まず、ただひたすら目的地(ゴール)を目指してチビチビ進む・・・というのが私のスタイルです。
その鈍さのおかげか??
故障無し、筋肉痛なし。
今回も、肉刺が出来た以外の痛みは無い。

そんな私が一番してはならない事をしてしまったんです。
頼られるままずるずるとある人のトイレや仮眠にまでつきあってしまった・・・頼ってくる人を置いて行けなかったんだけど、あとで何が起こるかわからないのに、甘かった。

無駄に遅れたぶんを取り戻すのに結構頑張りました。
自分の体調不良、下痢はいつもはそのうちに治るものだったけど、今回は家に帰った次の日になってやっと止まったくらいで、しつこかった。
後半は自分のトイレタイムで時間を無くしていました。

でも、ラッキーだったことも。
青海島の往復、鯨墓からの復路、真っ暗な中で気付かないうちに眠ってしまい、深い側溝に身体が横倒しにすっぽり落っこちてしまったのですが、手から血が出るくらいですみました。
「ヤバい! もうこれまでか?」と一瞬思ったけれど、擦り傷以外怪我が無くてタイツも破れてなかったし、そのあとすぐに通りかかったスタッフにも見つからなかったし。

あと、道迷い。
道を間違えたわけではなく、間違えたと思って引き返したこと。
まず、砂利ガ峠で、峠頂上でも「こんなに低かったかなぁ?」と疑問に思い、そのままどんどん下って行くが、誰もついてこないし、しばらく待ってみても誰も来ないので登り返すと途中で後ろの人がやってきてこの道で良いという。
次は宗頭から萩に行く途中。
藤井商店から鎖峠への道、舗装道路から土のハイキング道になっていたように思い込んでいたので、登れど登れどハイキング道じゃないので引き返してしまったけど、その道がコースだったので、また登り返す羽目になったのです。
また、明るくなりつつある鎖峠だったのです。
そんな時刻にまだそんなところを走っていては駄目なんだけど。
そこからは調子狂ったお腹をかかえて、それでもあきらめず頑張った。
途中で出会った越田さんに引っ張ってもらって、天花畑に5時30分にたどり着いたけど、
「えっ? それなら間に合うでしょう?」って言われそうですが、足の遅い私には数分足りない。
ゴールを目の下に眺めて「間に合わん!!!」って思ったら走る気になれず、悔しくて眠くてそこで眠ってしまったみたいです。
夢を見てたみたいで、覚めてからも、寝ぼけていました。
しばらくしてから、「あっ、そうだ、とにかく瑠璃光寺まで行かないと、荷物受け取らないと・・・」と気がついてとぼとぼ下りていったのです。
時間外でも、一応、自力でゴールまで行ったんだからって、スタッフの人が写真を撮ってくださいました。
それなら、寝っころがってないでもっと早く下りてくれば良かったんだと思ったのでした。

総じて、やっぱり楽しい長距離でした。
最後の辺りはひたすらひたすら進んだけれど、越田さんが叱咤激励して見守ってくれてたおかげで走れたと思います。
自分1人だったらずーっと歩いてしまいそうな所も、ぼちぼちでも走りました。
往還道の急な石畳は下りに慎重な私じゃないみたいに駆け下りました。
この頃、楽しむことばかりであまり頑張ってなかったと思います。久しぶりに頑張ったな~と思います。

05/01/2007

5月1日明日は山口・・・

Kadoさんやクニさんのホームページで萩往還道のコースを復習してみるけれど、思い出せない部分がたくさんある。

鮮明に覚えている所も多いけれど、前の人の赤色灯と、「あの人を見失ったらヤバい!」という意識だけしか思い出せない・・・仙崎から宗頭までの一番ややこしい所。

これで良いのかなぁ??と思いながら進んで行って、なんとなく行けてしまった千畳敷。

真っ暗な中、完璧に居眠りどころか熟睡走行だった青海島の鯨墓までの11kmの道のり。 ここの道路には深い側溝があって、落ちて怪我をした人もいるとか。 

車が後ろから来たので避けようと思ったら道路の真ん中に行ってしまっていたし。

よくもまぁ、怪我もしないで佐々並まで行けたもんだなぁと思う。

そんな呑気なこと思っている場合じゃないんだけど。

もう一度よく地図を頭に入れておかなくちゃ~。

今年も綺麗な星空見えるかな~。

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