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November 2007

11/30/2007

11月23日・うなぎ街道ジャーニーラン1日目

準備・・・またお尻に火がつかないと出来ない癖で夜中になってごそごそ。

今回はジャーニーラン、3日分の荷物は全部自分で運ばないといけないので厳選しないといけない。 しかし、直前になって風邪を引いてしまい、ウェアはなるべく暖かいものを持っていかないと、困っても、山や田舎道ばかりなので途中で調達するなんてわけにもいかない。

宿泊先で洗濯するとしても、暖房器具がどんなのかわからないからちゃんと朝までに乾かないことも予想して、ウールの下着とシャツを一枚だけ余分に持っていくことにした。

あとは生乾きでも我慢すること。

防寒着はかさばるけれど、風邪ひいてるし、ダウンセーターを着ていくことにした。 タイツの上からウール混紡のジャージをはいて、そのジャージが宿でのウェア、帰りのズボン兼用とした。 リュックは20リットル入り。

風邪薬とお腹の薬がかさばるけれど、だんだん少なくなるものだし。

リュックには脱いだダウンとジャージパンツを押し込める分の余裕を見て置かないといけないから、ぎゅーっと詰めた。

赤色ランプとヘッドライトは電池を入れ替えておいた、これで二晩大丈夫。

夕方になると汗で濡れた頭が冷えるからウール・アクリルの軽量キャップ、マフラーを持った。 マフラーも少しでも軽量にカシミヤ。

マスク。 これはトンネル通過のときに役立った、ずーっと、喉が痛くて、寝るときもマスク着用して眠った。 同室の人に不快感軽減のためにも。

夜行バスはかなり前から満席だったみたい、集合時刻にちょうど間に合うように検索すると、新幹線ひかり477号で岡山、岡山から米子まで特急やくも1号、そこから安来。

しかし、ひかり号はいつもなら早朝の便なんて一人くらい席が取れるのに、満席。

グリーン席も満席。 喫煙席も満席。

いろいろ調べると、こだま号が少し早く出るが、やくも1号に乗るには丁度良いくらいに着くし、こだまで行くことにした。 岡山から米子まで2時間かかるから、喫煙席しか取れなかったけれど、座れないよりましかなと思い、指定席を取った。

なんやかや、準備に時間がかかり、1時間くらいしか寝る時間がなくなってしまった。

ぱっと、飛び起き、洗面すませて自転車で駅に行く。

6時前だから駐輪場の係員はちょうど来ていた。 三日分の札を付けてもらってGO!!

こだま号はがらがらに空いていた。

岡山で乗り換えるとき、同じような装備・ウェアの人二人に出会って、ご挨拶したらやっぱり同じジャーニーランの参加者だった。

列車に乗ってからえっちゃんにも会えた。

喫煙車だったけれど、隣は空席、通路の向こうは家族連れでお父さんも吸わなかったし、後ろの席の人も喫煙しなかった。  ちょっと後ろの人たちもほんとは禁煙席を取りたかったと話していたし・・・、ラッキーなことに私の周りは吸わない人が多かったみたいで助かった~。

気持ちよく眠りながら米子に着き、ジャーニー参加のみんなとローカル線で安来へ。

東京組は飛行機が遅れ、空港からタクシー1万円でかけつけた。

11時過ぎ、みんなやっと合流し、歩いて安来港を見ながら和鋼博物館の横にあるフレンチレストラン「モントローネ」に行く。 お天気が良くて気持ちのいい日だった。

1130montorone モントローネ入り口には「本日貸切」の札が。

わざわざ私たちのために貸切にしてくださったんだね~、とみんな感激。

2階のレストランからは目の前に湾が見えた。

ビール付、シェフにお願いして地元のうなぎでフランス料理を食べさせてもらう・・というのに、2000円。 えっ?2000円だったの? じゃぁ、走る前だし、少しだけってことかな?

それにしては貸切にしてくださってるし。 主催者の御園生さんも「二品くらいです」と言われたから・・・。

と軽く思っていたら、いきなり3品出てくるし。 次から次へ、お腹がいっぱいになるほど。

その後にまだ一品、古代米の黒米入りおこわにふっくら白焼きのうなぎがどーんと乗っかったお料理が出て、「うわぁ~、すっごーい!」、みんなお腹いっぱいになったと言いながら最後のお料理にパクパク。 おいしいコーヒー・紅茶をいただいてフィニッシュ。

ワインも飲んだし、ガソリン満タン。

和鋼博物館前で写真とってもらってスタート。

スタート時刻、何時だったかなぁ・・? 1時くらい。

静かな安来市内を抜けて伯太川沿いにしばらく行った所でコースはオプションコースと分岐する。 オプションコースに入ると約5km弱多めに走ることになるけれど、清水寺を見てみたいし。 橋で分かれ目、躊躇しながらオプションコースに入っていく。

1日目の距離は31.2km、清水寺に行っても36.7km・・・ちょっと甘ーくみていました。

田舎道をなだらかに登っていくと、駐車場・トイレがありその奥に古い石の階段。

Kiyomizuteratou1 登ると、美しい紅葉が見られ、参道の途中に旅館が2軒ほど。                                                                           

                                                                                  

                                                                                       

                                                                              

Kiyomizuteratou2   

遠くから見えた塔は山の中腹に立っていて、遠くから見るよりどっしりと立派な感じだった。 先に行った筈の人たち、一人だけすれ違ったけれど、他の人にはすれ違っていなかったので不思議に思っていると、塔の上の窓から「お~い!」と手を振っている。                                          

Kiyomizuteratou3

なんと!古く由緒ある塔に観光客を登らせてくれているらしい。

階段が一つしかなく、登りと下りで混雑していたし、さっさと先に行かないと遅くなるから、ここでも躊躇したけれど、みんなと登ってしまう。

階段は狭く、暗く、ライトを点けたいほどだったけど、何とか手探りで登る。

最後の階への階段がより狭く、リュックが引っかかって登りにくいみたいだったので、2階にリュックを置いていった。

3階からは「わぁ~」と感嘆の声が出るほど気持ちいい眺めで、海のほうまで綺麗に見えた。 みんなすぐに降りようとせず、のんきに眺めを楽しんでいる・・・いいのかなぁ?

先に下りて「早く行かないと遅くなるよ~」と呼びかけるが、1本しかない階段でこれから登る人たちと譲り合っていかないといけないのでなかなか降りてこれない。

この先のコースを見ようと思ったら地図が無い!

塔の2階に忘れてきてしまったみたい・・・すぐに取りに登る。

そうしている間も、仲間たちはなかなか降りてこない。

やっと皆さん降りてこれて先を急ぐ。

まだ、5.6km(レギュラーコースでの距離)のチェックポイント①も通過してない。

Kiyoibasi 清井町に入り、やっとチェックポイントの橋を渡る。 時刻と穴埋め問題に書き込む。

清井橋は古い古い橋で、渡るときに石に彫られた名前をやっと確認できるほどだった。

伯太川沿いに3kmほど進み、母里の集落に着く。

やっと10.2km(レギュラー)を過ぎたところ、チェックポイント②は時の櫓、15時22分。

次に目指すは4.1km先の石碑。

小さな峠を越えるあたりに石碑があって、特になんという碑でもない感じのチェックポイントだった。  石碑ってこれかなぁ?・・これしかないよねぇ・・と言いながら時刻を書き込む。下ったところで15km地点(レギュラーコースの)を通過。

勝寺川を渡り、小さな町のところにやっとコンビニがあり、夕方になってお腹も空いてきたし、コンビニといっても酒屋さん兼コンビニという普通の田舎のお店でパンや飲み物でおやつ。

ここから県道で峠を越していくが、峠のトンネルがチェックポイントになっている。

231645yuuhi 峠は250m弱くらいなのでそれほどきつくも無いコースだが、荷物を背負っているし、だんだん風邪がひどくなり、喉が痛くて寒気もするようになっていたので、かなりきつく感じる。                                                                      

                                                                           

                                                                                                                           

Daisen さっきの峠とこの峠でも雪化粧した大山が遠くにドーンとそびえるのが見えた。

携帯のカメラではその立派な姿がちゃんと捉えられなかった。

新宮トンネル、16時54分。 東京ではもうこの時刻は真っ暗だと、東京からのメンバーが言っていた。

まだぼうっと明るく、下りきってからライトを点けることにした。

すぐに出せるように入れてきたはずだったけれど、いろんなものを入れたり出したりしているうちに位置がずれたみたい。 他の荷物も道に放り出して、捜索!!

なぁんだ、やっぱり最初に見たポケットに入っていたんだ。

その間にみんなはずーっと先へ行って見えなくなっていた。

地図を頼りに進むと、方向違いの方に人がいたので「おかしいなぁ?」と思って行ってみると地元の人で、「ばたばた走ってる人行きませんでしたか?」と尋ねると、「皆さん、あちらのほうに行きましたよ」と教えてくれた。

そこは集落の中で道があちこち分岐して少しややこしいところだったが、やっと畑の中を中のまっすぐ進む道に出た。 しばらくすると、ちかちかとハンドライトらしい明かりが見えて、みんなと合流。  赤色灯やヘッドライトはそのグループ内では私しか持っていなくて、みんなハンドライトだけなので遠くから確認しにくかった。

やっぱり、赤色灯はあったほうが良いなぁと思った。

23.8km地点のチェックポイントは石碑の文字を穴埋め問題に入れないといけないが、なんという文字か?読めない。

みんなで「まぁ、こんな文字だったということで・・・」と妥協して書き込み、1.7km先のダムに向かう。

もう、真っ暗だったが、月が出て道はわかりやすかった。

寒気が時々やってきて「やばいなぁ」という感じだったので、ニットの帽子とキャップを重ねてかぶり、首につけてきたタオルをしっかり頚に巻いた。

ウールの中厚の手袋を持ってきて良かった。

真っ暗な県道を登っていくと右手にフェンスがあり、建物が見えた。 門のところに朝鍋ダム・・・とか書いてあった。 チェックポイント⑥17時57分。

ダムからはひたすら下り。 けっこう傾斜が急なところもあったので、いっしょだったえっちゃんは胃がかなりしんどかったみたい。 わたしも風邪がひどくなりつつあった。

ご飯いっぱい食べて、お風呂で暖まったら気分良くなるかなぁ。

溝口の旅館には制限の10分前、18時50分についた。

31.2kmプラス、4.5km(清水寺オプション)で35.7km。

5時間50分。

旅館は、割烹旅館と立派な看板だったけれど、めったに27人も泊めることが無いらしく、お料理もなかなかそろわず、お風呂も小さくお湯がぬるくて、期待して無かったといっても・・・お腹が空いてぐーぐーだった。

ホカホカのご飯にありついたときは嬉しかった~。

部屋は広々と使わせてもらって、おまけにファンヒーターの前に室内物干しが置いてくれていたのでとても嬉しかった。

寒い中をあんころちゃんと弟の兄さんが洗濯機を回してくださってありがたかったです。

ありがとうございました。 この洗濯機、完全マニュアル式。

同室のえっちゃん達にご迷惑をかけては、と思い、マスクを着けて就寝。 

11/22/2007

11月22日うなぎ街道ジャーニーラン

ま~だまだ、と思っていた・・・うかつにも!
連休だったんだ~げっそり

夜行バスで安来に行こうとか思っていたら火曜日で「満席」!!
仕方ないなぁ、JRで行こう、朝早いから1人分くらい空席どうにでもなるだろう・・・な~んて思ったら、禁煙席は満席
ふらふら

岡山から米子までは2時間かかるから、もし自由席で座れなかったら・・と思うと、喫煙席でもええか、ってことで何とか切符取れました。
ひかり号は満席だったので、ちょっと早く行って、こだまで行くことにしました。

いつもの事ながら、お尻に火がついてこないと動かない・・・・
それで、いつもバタバタしてるって感じ。

うなぎ街道ジャーニーランに行ってきます。走る人
昔、島根のうなぎを生きたまま大阪に運んだという、うなぎ街道という道があったそうです。
大阪までは辿らないけれど、岡山城まで走り旅です。
3日コースと、岡山城まで行く4日コースがあり、私は3日コースに参加します。 
初日に安来のフレンチレストラン「モントローネ」でうなぎのフレンチ料理を食べてからスタートするという。
こんなの初めてexclamation ×2
なので、初日に走る距離は30kmと少なめ。

明日は福知山マラソンですが、フルマラソンとかには興味なくなって、ウルトラもどちらかというと一日で終わってしまうのより数日かける方が楽しくなってきました。もみじ

いきなり寒くなって、着るものに悩んでいます。

11/20/2007

11月18日海辺のジョグ

久しぶりに実家近くの海辺をジョギングした。

ムーンブリッジの方へ行きかけて引き返し、ブリッジの下を通って堤防の方へ行ってみた。

1118marina

毎日のように眺めた堤防からの景色はすっかり変わってしまい、目の前に新しい陸地が作られ、遊園地・ヨットハーバー・マンション・テーマパークがさえぎって広々とした海は狭い水路のようになってしまった。

幼い頃に、家から少し出た所から海が広がり、湾の向こう岸に列車がトンネルを出たり入ったりするのを眺めるのが好きだった。

いきなりその美しかった海に土が運ばれ、あっという間に堤防が作られ、その上をトラックがどんどんと大量の土を運んでは海を埋めていった。

幼いながらも、腹立たしかった。

誰が何の権限で海を汚していくんだろうと思った。

嫌だ嫌だと思っても、陸地が出来て大きな工場が出来て、海が遠くなったけれど、新しい堤防は磯釣りの場となり、私たちも友達とよく夕日を眺めながらお喋りしたり、楽しい場所となった。

海は広々として、タンカーや貨物船の往来も見えたし、台風が近づくとたくさんの船が沖に停泊していた。

1118toudai                                                             

その堤防は古くなっても「新堤」と呼ばれている、釣り人が捨てていく魚をもらいに猫が数匹いたけれど堤防はいつになく釣り人が少なく、ひっそりとしていた。 沖合いの地形が大きく変わったから魚が釣れなくなったのかな?

お天気がいいと、淡路島まで見えたけれど・・・。

灯台まで行って引き返し、ムーンブリッジからマリーナシティー、サンブリッジ、と、ジョギング。

1118kyuukei トンネルの近くの信号の間に石のベンチがあった。  一度の信号で渡りきれなかった人が一時休めるようになっていた。

11/14/2007

11月11日BANFFフィルムフェスティバル

昨日見逃したフィルム、どうしても観たくて夕方出かけていった。
夕御飯のしたくして家を出ると、ちょうど良い時刻になってしまった。
行き帰り、京橋まで走ろうとか思っていたけれど、夕食の準備とかやってるとなかなか思うようにはいかない。
でも、観にいけるだけでもありがたい。

昨日、お昼からのフィルムは日曜日は夕方からのプログラムになっている。
一つめは「Roam」というフィルム。
世界的にトップのバイクライダー達を撮ったもので、自然の中だけではなく、都会の建物など、自由にマウンテンバイクを乗りこなす様子は、すっごい!!すっごーい!!と感嘆の連続だった。

一番観たかったのは、「Mountains whithout Barriers」マウンテン・ウイズアウト・バリア、というフィルム。
視覚障害の二人と、両足義足の人、3人でイタリアの岩壁300mを登るというもの。

毎年行われているらしいイベントがあるそうで、その様子も収録してあった。
ハンディを持つ人と、義足など作っているテクノロジー関係の人達が集まり、ロッククライミングを目の見えない初心者に体験させたり、いろいろな体験が出来るようなイベントらしい。

3人のロッククライミングでは、義足のクライマーが先導するが、そんなに詳しくガイドするわけじゃなく、「どっちに行けば良い?」と本人から聞かれた時だけサポートしているみたいだった。
視覚障害の青年の方も、一人は元々登山家だというが・・・。
岩壁は垂直、オーバーハングのような所もあったようだ。
わずかの足場に立つ姿を見ると、私だときっと「危ないよ! 右に動くと落っこちるよ!」などおせっかいやきそう。

初心者の女性が教えてもらいながら挑戦しているのを見ると、なるほど、クライミングは手探りである程度できるから、視覚障害者が可能なスポーツなんだなぁと思った。

盲人用の音声ガイドのGPSも紹介されていて、日本語でも商品化されるといいのになぁと思った。
実際には、大阪のような都会では使いづらいけれど、視覚障害者の世界を広げるきっかけになると思う。

このフィルムで良かったのは、
「彼に障害があるのではない、障害はテクノロジーにあるんだ。」
「不可能だと思う心が障害なのであって、身体ではない」
というメッセージが語られたところが良かった、世界中の人が同じ思いを持つと良いなぁと思った。

帰りは走って帰った。
京橋から今里筋を北上、城北筋を通り、城北大橋で淀川を渡り内環から住宅地の中の道に入り、上新庄の西を通り、神崎川、安威川を渡って帰宅。
大好きな城北大橋、紫色のイルミネーションが半分消えていた。 節約?と思ったら、昨日車、修理点検していた。
内環の豊里の方への交差点に「亀岡街道」の建て看板があった。
いつも車で通っているだけの道、自分の足で行くといろいろ発見があって面白い。

11/11/2007

11月10日・またまた映画

BANFF MAUNTAIN FILM FESTIVAL

バンフの街で毎年行われるアウトドアスポーツのFILMコンテスト、今年も1週間前に行われたそうだけど、昨年の優秀賞を取った作品のワールドツアー。

いくつかの企業が協賛し日本でも何ヶ所かで上映されてきた。

大阪では10日と11日の二日間。

AとBのプログラムに分け、10本のフィルムが上映されている。

大阪会場は京橋IMPビルの松下IMPホールで、上映13時から15時半と18時~20時半くらいの上映。

昨日AとB両方に行ってきた。

空席がまだあったから、今日観に行ってみようと思う人はまだ間に合いそうだよ。

すっごく面白かった。

クライミングも、キッズ物も、スキーも、最後の自転車による長距離アドベンチャーも、どれも見ごたえありで面白かった。

しかし、他の用事のため、Aのフィルムの半分見逃してしまったので、心残り・・・。

今日の夕方、また行ってみようかなぁ。 一番観たかったフィルム観てないし。

それは、視覚障害者二人と、両足義足の人のクライミングのフィルム。 

11月9日三丁目の夕日続編

映画、続編三丁目の夕日を観に行った。

前編は次女はDVDで、長女はテレビの映画番組で観て、感動して、ぜひ続編も見たいと言っていた。

仕事に行く前にネットでチケット購入しておいたので、夕食済ませてゆっくり出かけた。

昭和30年代のまだ近所付き合いの濃厚な時代のお話。

近所付き合いって、あの時代のようだと面倒だったりもするけれど、人情が厚くて大事なものだったんだなぁと思う。

騒音でも、ほとんどお付き合いの無い相手だと「うるさいなぁ!」と思っても、いつもは挨拶だけでもお付き合いがあれば、「にぎやかだなぁ」くらいにしか思わなかったりするし。

私の父がよく言っていたけれど、「昔はみんな貧しかったけれど、人情とか、大事なものは豊かだったよ。 みんな物質的には豊かになるに連れて、大事なものが忘れ去られて、人間関係がぎすぎすしてきたように思うなぁ」って。

そう思う人が多いから、この映画も多くの人に人気なのかなと思う。

観終わった後は、とても良い気持ちになった。

11月4日・箕面外院尾根から滝

午後、次女と箕面の山に行った。

「お母さん、今日はどこかに行くの?」と言うので「久しぶりに箕面の山でも行ってみようと思うけど」と言うと、なんと、ついて行くと言う。

「走っていくんだけど・・」、「私も走る」と言うので、どうせ途中でぶつぶつ文句言いそうだけど連れて行くことになった。

時間もあまり無いので、車で箕面のスーパー温泉「水春」まで行き、車を置いてそこから走って行くことにした。

案の定。「まだぁ~?」が始まった。 「もうすぐ」と言いながら進む。

いつもの麓のコンビニに立ち寄り、水物を補給して外院尾根に着く。

「わぁ~、けわしい~」、と娘。 「なぬっ!こんななだらかな山道は他には無いくらいだよっ!!ここは走って登れる道!!」と言ったものの、わたしも歩いて登る。

先へ行っても、長いこと待たされるよりゆっくり行こうと思ったが、ふと後ろを向くと、いない。 しばらく待っていても来ない。 そんなに離れていないはずなのに・・・と思ったら、どんぐり拾いしていたという。

帰りで暗くなるよと言うとやっとついて来るようになった。

日曜日とあって、ハイキングの人が多い。

丁石から勝尾寺への登りを分け、左に下りて、しらみ地蔵の道を西へ行き、車道を政の茶屋方面に下る。

自然研究路4号を行くと遅くなりそうだから、気をつけながら車道を滝まで行く。

高山への三叉路の所から、車道は半分閉鎖され、片側一方通行となり警備員が所々に配置されていた。

車道は怖いと思っていたけれど、ラッキー!これで安全に滝まで下れる。

紅葉の時期は土日は道路を片側閉鎖して一方通行にしているんだった。

閉鎖している方には車が駐車してあった。 かなり大勢の人出。

滝に下りると、滝壷の広場は人で埋め尽くされている。

売店もこの時ばかりは遅くまで開けている。 

紅葉なんてほとんどまだなのに・・・もみじの葉っぱは青々としていた。

滝道を駅まで下り、千里中央行きのバスに乗り水春まで帰った。

歩き走った距離は13kmくらい。

水春で入浴すると駐車料金は4時間無料。

雑記・東海アドベンチャーの装備

忘れないようにと思っても、あの時、何着て走ったかなぁと考えてしまうから、書き留めておくと便利なので書いておきます。

走る時のウェア

・ ウールの袖なしタンクトップをアンダーに、長袖ウール。

・ ロングタイツ(CWX)・アンダーはショーツのみ。・・・ここは迷ってショートスパッツとウールのショートスパッツを持って行き、気温によっては重ね着することも考えた。

(実際には二日とも重ね着なしでよかった)

・ ゼッケン(ベスト型)・・かっこいい人が着用するとめっちゃかっこいい!けどね・・・

・ リュックはグレゴリーのリアクター。

中身・・・帽子、日除け、ハンドタオル2枚、ティシューペーペー、キズ手当て用キット(キシロA軟膏・絆創膏・テーピングテープ・ナイフ)、お腹の薬(漢方薬・胃薬・下痢止め・使ったこと無いけど痛み止め)。

ここからは義務付けられたもの、

水1ℓ(昨年は2ℓ持てということだった)、行動食(内容は各々勝手の良いもの、梅、塩黒糖、ケーキタイプのバー、ワッフル)、コンパス、地図、地図入れ、雨具(セパレート型のもの)、レスキューシート、ヘッドランプ(替え電池)。

防寒着は今年は必要装備品に入っていなかった。

・ あとは、携帯電話、財布。

大会終わって。

塩黒糖は個包装になっていて、リュックのポケットに入れ、時々食べた。 塩も一緒にとれるし美味しかった。 他の行動食、一日目は何も食べなかった。 スタート直前におにぎりを1個食べたくらい。 朝食には電車の中で駅弁を食べたから良かったのかな?

漢方薬は、お腹の調子をとてもよく整えてくれる。 走る前から飲んでおくし、途中でも時間を見計らって飲むので、リュックのウェストポケットに入れておいた・・・気がついてすぐ飲めるようにしておいて良かった。

小銭だけウェストポケットに。

一日目、雨だったのでスタート前に雨具を着ようか、また、どの雨具にしようか迷って、着たり「暑い」と思って脱いだり、また、薄い方を着たり。(パタゴニアの2,5層構造の雨具も持って行ったけれど、超軽量のウィンドブレーカーを雨具として使うことにした)

他の人に「まだ悩んでるの?」と言われたほど、でも、他にも迷っている人もいたかな。

走り出すとすぐに暑くなって脱ぐことになるから、薄いウィンドブレーカーだけ着てスタートした。 走りながら脱いで後でリュックのゴムに挟んだ。

アンダーシャツも迷ったけれど、お腹まわりの重ね着をしないから着ていくことにした。

雨がけっこう降ったので涼しくてちょうど良かった。 かなり降ってきた時だけウィンドブレーカーを着たかな?(もう忘れてる)。

ほとんど雨具を着なかった。

ヘッドランプはキャンプ場で役に立った。

・・・・・・・・・・・

全体の荷物は

ホイール付きの65リットルバッグ。 パタゴニアのアウトレットでモデルチェンジのためか安く出ていたので、思い切って買ったもの。

シュラフ、マット、コッヘル、バーナー(夫のを拝借)、ガス、食料(レトルトカレー・ごはん・おにぎり・味噌汁・豚汁・コーヒー・ココア・パックの赤飯・きのこおこわ)、

二日目に途中にコンビニが一ヶ所あるので、少なめにした。

着替え、シャンプーなど。

クロックスのサンダル(かさ張るけど、軽い)、トレイルラン用のシューズ(二日目用)。

ほんと、すっごく楽しかったです。

11/07/2007

10月28日・東海アドベンチャー二日目

早起きの人がいるから、あえて目覚ましはセットしなかった。 ごそごそ、朝の3時前くらいから起きだし、すでにコッヘルに食事の用意をしている人もいた。

私は3時半くらいまでぐずぐずシュラフの中でまどろんでから起きて朝ごはんの用意をしてお腹いっぱい食べる。

朝ごはんには、赤飯(もち米)、鮭おにぎり(昨夜から作っておいた)、ココア、味噌汁、など。 途中でコンビニが1ヶ所あるのでそこで調達するつもりで、携帯食は最小限にした。

ゴールは15時までとなっているから、お腹空いても何とかなるかな。

少々険しいみたいな山越えがあって、地図読みもしないといけないし、二日目のコース約50kmを10時間制限は私にとってはちょっと厳しいかも、でも、頑張る、完走する!!と心に思って、星空・ちょっと欠けた満月の真っ暗な中を朝5時にスタートする。

地図にはないが新しくできたという車道をしばらく走る。

暗くて、いちいち地図を確認すると置いていかれそうなので、とにかくコバンザメになって付いていく。

程なく道は自然歩道に入り、平井と言う小さな集落を抜けるが、先頭があわてて引き返してくる。 ここで間違えても、またもとの車道に出るのだけれど。

もとの車道と合流し、今須川沿いに東へ、黒血川と今須川が合流し藤古川となる。

川沿いに桜の木がずーっとつながっている、春にはさぞ花見で賑わうことだろうな・・と想像しながら走る。

薄明るくなってきたけれど、地図を確かめるためにヘッドライトは着けて走った。

誰も赤色灯を背中に着けたりしないので、先に行く人がやっと何とか確認できるくらいだったのでしっかりみんなの後にくっ付いていく。 

広瀬橋を渡ってコースは右に分岐し山に沿うようなコースとなる。

本日のコースは、山蛭やマムシが生息している地域で、10月だと、まだたくさんいるらしい。 特に、前日雨で湿っていいるし、割合暖かいから、きっと出るよ・・ということで、しっかりショートスパッツは着けてきたけれど、気持ち悪いし、ちょっと心配。

山すそを巻くように東海自然歩道のコースを走る。

本郷、桜井と集落のはずれを通り、6時40分、二日目一番目のチェックポイント①白鳥神社に着く。

白鳥神社は手前の桜井にもあり、あれっ?誰もいない??と一瞬思ったけれど、そういえば、前日のコース説明会の時に加藤さんが言ってた「上方白鳥神社の方ですよ」って、このことだったのか、と思い出した。  ちょっと、うとうと眠っていたもので・・・。

白鳥神社の前には新しいおトイレがあったのでトイレ休憩。 すぐに出発。

関門は第2関門まで、ゆるい設定だけれど、最後の関門はどうしても13時に通過しないとリタイアになってしまうし、最後の関門の前には「川原越え」というちょっとしんどそうな700mの峠越え、しかも、一度下ってからまた713mまで登り返さないといけない峠ということで、気は抜けない。

少しでも余裕を持っていかないとかなりしんどいことになりそうだし。

ここからも山すそのアップダウンがこまかく続く。

竜泉寺跡では150mの登りがあった。 

涸れ沢を何度も渡る。

この辺りは扇状地が多く、降った雨は伏流水として地下を流れ、どこかから湧き水として出ていて、美味しい水が汲める場所が何ヶ所かある。

前日雨が降っても涸れ沢なのはその為らしい。

山の中に、いきなり開けた場所にたくさんの小さなお墓のような石像のようなのを円く寄せたものが作られていて、ちょっとビックリした。

千体地蔵というものらしい。

山道や集落を何度か繰り返し通り、養老公園の中を行く。  コースではなかったので見に行かなかったけれど、1km弱くらい登った所に養老の滝がある。

東海自然歩道のコースは観光地や名所などを巡るようになっているので、スッと行けばすぐそこでも、ぐるっと回り道している所が多い。

チェックポイント②の赤岩神社には8時30分に着いた。関門は10時だけれど、自分としては予定ぎりぎり。

これより遅くなると後がしんどくなりそう。

ここからしばらく、今回のコースでは、東海自然歩道を通らず、県道を走る。

こちら側にはコンビニがあるからかな? コンビニが見えてきたら、コンビニから出て来たランナーを数名確認した。 あれぇ?まだあんな所にランナーが居たんだ・・・。

コンビニを過ぎると、程なく山に入って行くからここで腹ごしらえしたり、水分を調達した。

水物はペットボトル3本持った。

目印の青テープから川原越えの山道になる。

しばらくは道は広く、なだらかで、楽勝~!なんて思っていたけれど、いきなり道はまるっきりの山道に分岐して登っていく。

登れど登れど延々と続く山道は、大きな石がゴロゴロして登りにくい。

丸太の階段も、土がほげたのか? 段差が大きくなって、身体の小さなものにはかなりしんどい。

ほとんど鬱蒼とした森なので、蛭に食いつかれたら嫌だし、水を飲む以外、休めない。

よく晴れて暑いくらい。 多い目に水を持って来て良かった。  たくさん水分を取らないと熱中症にでもなりそう。

階段の丸太の上に山蛭を発見。  下見の時、スィーパーされている岩瀬さんが数十匹の山蛭に襲われ、大変な目にあったと言われていたので、ぞっとした。

上からハイカーがおりてきて、「あと少しですから、頑張って・・」と言ってくれた。

この川原越えは岐阜側からは傾斜がきつく、階段も段差が大きく、崩れそうな所があったり、かなり険しい。   

いよいよ岐阜県から三重県に入る。

林道に出てしばらく快調に下るが、また階段の登りとなり、ピーク713と書かれたところまで登り返す。

あづまやが頂上にあり、狭い林道を横切って山を下る道となる。 なだらかな走りやすいところや、段差の低い階段が続く。

持っていた水は空っぽに近い感じになってしまった。  下りきった所の集落「川原」には自動販売機か、お店があるだろうと期待して下る。

東林寺が下りきった川沿いにあり、田切川を渡ってまた少し登ると川原の集落だった。

「自動販売機~・・。お店~。」と思いながら行ったので大事な分岐を見落としていた。

小さな食品店があり、水物を買った。 そこのご主人と少し話したが、その店の前が「東海自然歩道ではない」とは一言も言われなかったし、少し先に分岐があって、てっきりその店の前がコースなのだと勘違いしてしまった。

とっとこ下って行き、おかしいなぁ?と思い出し、これは間違った!!と気がついたのは1.5kmくらい下ってしまってからだった。 来た道を登り返し、どんどん戻る。

どこで間違えたか解らないので、ずーっと戻って確かめると、川原の集落の入り口で分岐を行かないといけなかった。

12時過ぎにはチェックポイント③最終関門に着いているはずだったのに・・・。

12時25分くらいになってしまった。  でも、13時関門は通過。

仮設トイレがあるだけの周りには民家も無さそうなグラウンドだった。

中部電力の巨大な変電所の横を通り、気持ちの良い林の中の道を下り、藤原工業団地横の静かな道路から員弁川を渡って、山口の集落を抜ける。

少し東海自然歩道をそれて、道路を走り、坂本の集落からはゴールまで、畑や集落を通っていく。 三岐鉄道・西藤原駅周りは家族連れで賑わっていて、ミニSLが走っていたり、昔のSLの本物が展示されていたり。

前川橋を渡り、セメント工場のところで東海自然歩道とは分岐し、ゴールの阿下喜温泉に向かう。 直前で、スィーパーの岩瀬さんに追いつかれてしまった。

15時ちょっと過ぎにゴール。

今年はちゃんと二日とも完走したので、東海アドベンチャーレースの完走タオルをいただいて嬉しかった!!

あちこちでコースアウトしては戻ったり、後ろから「そっちじゃないよー!」と教えてもらったり、他の人達も、多少コースミスは誰でもあったみたい。  まぁとにかく完走した。

お風呂に入って、食堂で表彰、親睦会。  女性は6名参加で、1名は一日だけ参加だったので、上位6名入賞・・・ということは私も今年は完走したので5位入賞・・へへへ女性のビリだけど・・・賞品いただけたのでした~。

ノースフェイスのゴアテックスのスタッフバッグを戴きました。 

上位3名(男女合わせて6名)は手作りの蜀台、とてもとても素敵な賞品です。

参加賞はノースフェイスのアンダーシャツ(3800円くらいの物)戴きました。

参加人数は少ないけれど、お世話は大変なことです。 宿泊もあるし、山に入っていくし。

スタッフの皆さん、加藤さん、スィーパーの岩瀬さん、楽しいレースをありがとうございました。 また、来年、お願いします。

11/06/2007

10月27日・東海アドベンチャートレイルレース

昨年は、芥見からスタートだったから、早朝大阪を出て岐阜駅7時30分頃のバスで充分間に合ったけれど、どんなに調べても、今年のスタート地点(昨年のゴール地点)に8時から9時までの間に着くには揖斐駅から交通手段がタクシーしかない。

小さな駅だからタクシーあるのかなぁ?

予約しておいた方がいいかなぁ?・・・と少々不安なまま。

前泊するよりタクシーで行ったほうが安くつくし。 いろいろ調べて、前泊せずに8時半くらいには現地に着くには、しかも安く。

京都まで在来線で行き、京都から米原まで新幹線(特急券900円くらい)、米原から大垣まで在来線、大垣からは名鉄で揖斐駅まで。

揖斐駅で聞いたら、タクシーは数台あるということ、まぁ何とかなるでしょ!

大阪からの参加者はまた渡し1人くらいかなぁ?

揖斐駅前をぐるっと見回しても、それらしいランナーの姿はなく、1人でウロウロしていたらタクシーが帰ってきた。

直前に参加者二人(東京からの人)をスタート地点のかすがモリモリ村まで送っていった車だった。 予想では2500円くらいかなぁ?と思っていたが、2980円かかった。

またこの道を下ってくるの?と、運転手さん。

お金かけて登って、走って下ってくるなんて、ヘンなの!・・・とでも言いたげ。

昨年のゴール地点からきっちりスタートするんですぅ、となぜか言い訳がましくなる。

受付は雨のため東屋内で、人がひしめき合っている感じ。

「あれ?どうやって来たの?」と、鈴木さん。 「タクシーしかないし」、「1人で?」、「そう、誰かいないかなぁ?と探したけど、」と言うと、「解っていれば待っていてあげればよかったね~」と、優しいお言葉にホッとする。

この大会は、東京の高雄から大阪箕面まで約1600km(1000マイル)を何年かに分けて走破しようというもの。 関東から参加の人がほとんどで、大阪からは私だけ、京都から1人。  今年は岐阜から三重にかけてのコースなので、愛知・岐阜の人が新参加者で何人か増えていた。

と言っても、名簿には26人だけ。

緊張する!  これはマラニックじゃなくレース、私とはうーんとレベルが違う。

昨年は装備をあまりに真面目にしすぎて荷物が重くなり、それを担ぐリュックも、いつものトレイルラン用の物ではなかったし、スターと地点に着くまで道迷いしてやっと辿りつき、荷物をきっちり詰めたり点検する暇もなくスタートしたりで、かなり身体に負担がかかり、しんどくて走れなかった。

途中で、気がついて、水を捨てたり、補給食を捨てたり、どうしても捨てられないものはリュックのベルトでギュッと縛って荷物を作り直したらやっと楽になったけれど、ときすでに遅し・・・。 体力も気力も低レベル。

一日目でリタイアしても二日目も出走させてくれるから、次の日に備えて途中でリタイアした。 そのおかげで、すっごい偶然に岐阜の友人のりこと末娘に出会えたんだった。

のり子に会いたいなぁという私の気持ち、のり子の気持ち、末娘の「YOKKOさんに会ってみたい」という3人の気持ちで作り出したような、出会いだった。

・・・・

今年は、負けない! ちゃんと完走する!!

そう心に誓ってスタートする。 少々きつくても、池田温泉辺りまではみんなに付いていこうと思う。 水を飲もうと思うが、ほんの一瞬でも足を止めたくない。

雨で涼しかったので走りやすかった。

いつ、ウィンドブレーカーを脱いだのか、よく覚えていないけれど、鈴木さんに「やっぱり、脱いじゃったね」と言われた。

彼女は私と同い年、半袖でよほどのことがない限り、上には何も羽織らないそうだ。

しばらく粕川沿いに歩道のない道路をくだり、粕川大橋から茶畑のある山沿いに南へ、池田温泉までは夏に夜叉が池伝説マラニックのコースを走る。

こまかくアップダウンがあるが、小雨で涼しく走りやすい。

霞間ヶ渓を過ぎると1kmくらいで国道に出る。

国道を少し西に行った所で左折してまた南に行くと、山間の道となりトンネルを抜けると主催者の加藤さんがカメラを構えて待っていてくれた。

そこがチェックポイント①の野外活動センター、約15km地点。 関門は12時、到着は10時35分、予定より5分多くかかったかな。

岐阜の友人のりこからメールが来ている。 知らせずに来ていたのに「走りに来ているのかなぁ?」って、どうしてわかったのかなぁ??

「今、走ってるよ~」と返事する。

CP1を過ぎてから、集団からはずれて気が楽になった。

車道から道は農道のような道となり、東海道本線をくぐって、田圃の道になる。

美濃国分寺跡を通り過ぎた所で、今年初めて参加の青年に追いつく。 雨は時々サーッと降ったり小降りになったりしている。

曲がってまた東海道本線を今度は南から北へくぐり、なだらかな傾斜を登りつめた所に平尾池、北へ進むともう一つ池を見ながら進み山を下ったところに梅谷の集落、大滝、大石と集落を通る。

チェックポイント②は伊富岐神社。  

小山を抜け田圃の中を行くと見えてきた。

石の太鼓橋などがあって、広い敷地の神社だった。 しばらく、トイレ休憩などした後出発。 

関ヶ原町に入り、いくつか集落を通り、国道をくぐって出ると、広々とした田圃の中の

少し小高い所に「最後決戦地」と石碑が建てられていた。

辺りは、田圃が広がり、見晴らしが良い。小山の所には戦国武将の幟が飾られていた。

コースはわざわざ石田三成陣地跡の小山を通って行く様になっている。

コースは西へと進み、関が原ビジターセンターからUターンするようになり、山へ入っていく。

しんどくなるほどの登りはなく、山をなだらかに越して行く。 山にはアケビが多いらしく、道端にいくつもあけびの実が落っこちていた。

誰もかじっていないのを見つけて食べてみると、あま~い美味しい実だった。

東海道ほんせんをくぐるトンネルはレンガで出来ていて、出た所には黒血川が流れていた。 むかしむかしはこの関が原一帯で川が血潮で黒いぐらいに染まったんだろうか。

国道を渡るところに、「これより中仙道」というかんばんがあった。

集落の中に入ると、チェックポイント③の不破の関跡。   14時24分着。

加藤さん、私のために関門ゆるくしてくれたのかなぁ。 これで、あとは松尾山を越えて関が原キャンプ場まで行けば本日は完走。

地図では大体の地形や集落の大きさなどはわかるけれど、自分が想像していた風景とは違うことが多く、意外な風景との出会いが楽しい。

寂しい所かと思えばそこそこ人家のあるところだったり、集落の横を通過するからと思っても、道は山道だったり。

不破の関跡も、関が原の街外れで静かなところだった。すぐに森の中となり、森から出ると畑の広がる開けた所を名神高速道路が横切っていた。

新幹線の線路と高速道路をくぐり、黒血川を渡って松尾山の登山道に入る。

松尾山は293mの三角点を通るコース。  

頂上は広場になっていた。

山を下って平井の集落から橋を渡ったらすぐにキャンプ場があった。

15時25分くらいにゴール。

約42km。

ここではバンガローに男性と女性分かれて宿泊。 昨年は寒い寒いトイレの中で身体を水で絞ったタオルで拭いて着替えたけれど、ここには有料の温水シャワーがあり嬉しかった。

それぞれ、キャンプ用コンロとコッヘルで食事の支度をし夕食と自分の朝食の準備。

私はレトルトの御飯とカレーとお味噌汁、他にも何か食べたような・・・。  朝食用におにぎりの米にお湯を入れておく。 

男性用のバンガローに集まってミーティング、昨年は眠くてミーティング中から爆睡してしまったけれど、コースの説明とか変更とかあるので今日は眠らないぞ!と思っていたけれど、しばらく待たされているうちに、せっかくしっかり起きていたのに・・・、加藤さんがコース説明始めた辺りから眠ってしまった。 

でも、肝心な所は聞いていたから大丈夫。

バンガローは2階のロフト付きで1階と2階に分かれて就寝。  暖かいダウンのシュラフ新調してよかった・・・ぐっすり暖かく眠れた。

10月20日・21日・うだつの町

岡専旅館は70代の女将さんと夫のおじいさんだけで営業されているらしく、一日に何組もお客をとらない。

過去にはたくさんお客が泊まったみたいで、洗面台がずらっと並んでいた。

夕食後、コンビニで買った安物のワインはあっという間に空になり、お話しは尽きず・・・わたしが知らない間に眠ってしまうまで話していた。

朝はゆっくりしたくして町を散策してまわり、木造の灯台やつり橋、小倉城跡と行ってみた。

長良川では川沿いの売店でたこ焼と焼きそばを買って、川原で食べたり。

目の前には、宿泊の候補に挙がった旅館が二軒ならんでいた。

小倉城跡は小高い丘のような山の上にあり、今はお城をかたどった立派な展望台があるだけで、城跡らしい物はなかった。 お天気が良く、長良川や美濃の町が一望に出来て眺めはとてもよかった。

いつも、山など走り回っている私にはちょっと汗ばむくらいの小山だったけれど、あっちゃんには筋肉痛になりそうな散策だったみたい。

町に下りてきて、灯りの資料館により、和紙のランプシェードのコンクール(10月はじめに催される)の上位入賞者の作品や、過去の入賞作品などを見た。

うだつの町には夕方になると、あかりアート展の作品が各家の前に点灯されるので街灯代わりになって明るく、古い家屋とミスマッチでなかなかいい感じだった。

のんびりあちこち見てまわり、ケーキ屋に入り、大きなアップルパイを注文した。

たいしてお客の数も多くないのに、時間がかかる。 何につけても、都会とは時間の流れが違うという感じだ。

りんごが丸ごと入ったパイはとっても美味しかった。 りんごは生のまま包んで焼いたらしく、シャリシャリして甘くなく、大きかったけれど1個まるごとペロリと食べてしまった。

町を出て美濃市駅でバスを待つ。

帰りは在来線で帰る私に合わせて岐阜駅行きのバスに乗る。

岐阜駅からお互いに西と東に分かれて帰った。

分かれるまでずーっとお話ししていた。 あっちゃんは、「まだ話し足りないね」と言った。

ほんとに食事とトイレと睡眠中以外、よくお話が尽きないと思うくらい話したけれど、まだまだ話したかったことが山のようにあった感じで・・・「また会う日までね!」と言って分かれたけれど、また会うときにはさらに話したいことが増えていそうだ。

岐阜ののりこも呼びたかったけれど、中学生になったばかりの末娘の行事や何かで忙しかったらしく一緒に会えなかった。

三人だとどんなだっただろう・・・。

11/01/2007

10月20日・美濃うだつの町

14年ぶりに旧友と会うことになり、美濃市に行った。

彼女は大学卒業後も創作活動は続け、今はいろんな素材で作品を作っている。

和紙を使った作品の公募で入賞し、美濃市の和紙の会館と、入賞作品だけ東京でも作品展が催される。

美濃市での展覧会初日に表彰式がある。

そこで会おうか・・・ということになった。

うだつ、と言えば、「うだつが上がらない」、と言うことばがあるけれど、その「うだつ」。

家と家の間に屋根より高く、もうけた防火壁のことらしい。

甲斐性無しだとうだつを作ることが出来ない・・ということから、甲斐性無しのことを「うだつが上がらない」と言うようになったという。

あちこち、旅館を探してくれて、うだつの町を見るんだったらそこにも旅館があるよ、というので、古い街中の古い旅館に泊まることになった。

名前と電話番号を告げようとしたら、「必ず来てくださるんでしたら、お聞きしなくていいです・・」と言われた・・・、どんな旅館かなぁ?と、友人はちょっと心配そうだった。

私は興味津々。

名古屋で待ち合わせしてバスで美濃市駅、しばらく待ち合わせに時間がかかり、バスで和紙の会館へ。

前にも授賞式に来ているあっちゃんは、「すっごい小さな田舎の駅だから、びっくりするよ~」と、私は「大丈夫、びっくりしないよ、いっぱいいろんな田舎へ行ったことあるからね」と言ったものの、美濃市駅というにはあまりにのどかで、ひっそりしている駅舎と駅前に言葉がつまる。

美濃市は小倉城というのが昔あって、城下町だから、駅前に町が出来たのじゃなく、お城を中心に栄えた所だから、駅前はあまり賑やかではないらしい。

私の故郷の和歌山もそんなところ。

あっちゃんにそう話すと、ふうん、そうなんだ、という顔していた。

バスで川を渡り山間に進む。 

周りには民家の無さそうなところに立派な会館があった。

一通り、出展作品を見て周り、私は久しぶりの公募展になんだか懐かしく、少し興奮しそう。   あっちゃんと(私はしばらく創作活動してないのに偉そうに)いろんな作品を評して廻って楽しかった。

授賞式が終わって、うだつの町に戻る。

重要文化財指定の造り酒屋さんをのぞいたり、うろうろ歩きながら宿に向かう。

古い家屋をよく保存しながら生活されている町で、歴史のある風情、しかも観光客が少なく静かだった。

岡専旅館は江戸時代からの古さ。

ちゃんと、うだつの立派な家屋。

広い間口の玄関から入り、奥の中庭の向こうにお離れがあり、そこが今日の宿の部屋。

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