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12/16/2008

伊勢本街道・日向ぼっこランで田丸城跡へ

飼坂峠を下って町屋の集落を過ぎ、立川沿いに進んでいるうちに、先を行くあんころちゃんと松○さんがひょいと曲がった所から一人になりました。
地図を辿って、自分のいる位置が大体この辺りだなとわかるまで、じっくり地図とにらめっこしながら、ほぼ一本道だったので電柱に記された地名なども見ながら進みました。

峠という廃村を通り過ぎます。
建物はあるけれど、廃村になったと言う事です。 でも、何となく生活の気配がしたけれど・・・。

すぐに、車道から左へそれて、下っていく道があり、伊勢本街道の難所の一つだった櫃坂です。
大阪方面からは、ひたすら山道の下りになります。
石が落ち葉に隠れて足元があまり良いとは言えないけれど、今まで越えてきた峠に比べるとかなり走りやすく、駆け下りる事が出来ます。

やっとここで快適なトレイルランが出来ました。

民家がぽつぽつ見え出してやがて峠の上で分かれた車道と合流します。
合流する「坂ノ下」(そのまんま地名です)に小さなお店があり、自販機も備わっていたので、お茶などを買いました。朝8時くらいだったかな?
日が照って暖かくなってきました。
オーバーパンツやウィンドブレーカーを脱いだり仕舞ったりしました。
もう峠越えはありません。
帰りは電車なので楽チンですが、帰りも峠を越えた昔の人たちはさぞ大変だったことでしょう。
ここが難所だったはず。

ここからは低い山が近くに見えるけれど、越えなければいけないような峠は無く広い感じがします。
仁柿川を右に見ながら国道を走ります。 時々、脇道に入ります。
国道をそのまま行ってもいいけれど、コースどおりに行きました。

坂ノ下からずーっとトイレに行きたかったけれど、お借りできるようなところが無いので我慢して行きます。

長瀬、上組、下組、六番組を過ぎて車もたくさん通る国道らしい雰囲気、山から下りてきた!という気分になります。

仁柿川はやがて櫛田川に合流します。 街道の道も、櫛田川沿いの広い道に合流します。
コンビニまでまだ2kmくらいあるけど、なんとかそこまで・・・と思っていたらガソリンスタンドがありました。
店番の方にお願いしてトイレをお借りできました。
「トイレは中です」と言われて入ると、ワンコが「おめぇ、何しに来た!?」って感じで長いリードをいっぱいに詰め寄ってきて吠えます。
「怪しい者やないよ~、トイレ貸して~」と言っても通じないみたい、噛み付きそうな感じです。
トイレをあきらめようかと思っていたら、接客終わった店員さんが犬を押さえに来てくれて、ほっとしました。

すっきりして櫛田川沿いの国道を東へ。
小片野町のコンビニで一人腹ごしらえです。
何食べようかなぁ~・・一人ぼっちでも、お日様サンサンだし、ひなたぼっこ気分で楽しくなります。
暗峠登る前のコンビニで越○さんがすっごいスピードで天丼弁当を美味しそうに食べていたのを思い出し、私もあのスピードで・・と真似てみることにしました。
途中で胸に詰まってしまって、とんでもないことでした。
速飯できないと不利だなぁ~、今後の課題かなぁ?とか思いながらコンビニを出て茅原町、津留と進みます。
コンビニのところで櫛田川を離れたのに、また櫛田川を渡ります。
櫛田川はかなり蛇行しているようです。
川の中に計石というのがあります。
重ねられた上の石より上に水量が増したら川止めになったと言う事です。
多気町に入ります。
伊勢自動車道をくぐり、鍬形と言う集落で自販機で目覚まし用にドリンクを買っていると、その自販機の前の家の御主人が出てきてしばらくお話しました。
どこからスタートしたのか?聞かれたので、話すと、「おっそろし~!!」とびっくりされたので、「私は一番ビリです。 もっとおそろしげな化け物のようなランナーは早朝ここを通ったはずですよ~」と言うと、またまた驚かれていました。
内宮まで行くと打ち上げに間に合わないから適当に電車に乗ろうと思います、と言うと、「多気駅」が良いよと教えてくれました。

櫛田川を左に見てのんびり走ります。
高校生くらいの人たちと挨拶しながら行きます。
日曜日朝からユニフォームみたいなお揃いのウェア着て、何かの試合にでも行くのかな?

仏足石というのが道の傍にひっそりとありました。
石に足型が彫られています。 旅の無事を祈ってお供えなどしたのかな?と思いました。

辺りはだんだん山が遠くなり、広い感じになります。
いくつもの常夜灯が街道にありますが、一番背の高い常夜灯「四疋田の常夜灯」があります。
後で地図に挿入された文を読むと、紀州藩田丸領四疋田の庄屋さんの遺命で葬儀費用を割いて建てられたそうです。
5,5mの高さです。

道はしばらく真っ直ぐです。
やがて相可の街に入ります。 熊野街道と伊勢本街道の交差点で、昔から人の往来や宿場などとして栄えた所です。
松坂商人の先駆けとなる豪商がいて、櫛田川の水運もあり、かなり栄えていたそうです。
街道の交差するところに餅屋さんがあり、梅○さんが一人一つずつ食べさせてもらえるように手配しておいてくれました。
メンバー表が出され、それぞれ時刻が書かれています。
名松線奥津駅で1時間半も先に行ったという人たち、私より55分前の時刻です。  どこかオプションコースでも行ってたのかな?
酒屋にでも寄り道してたのかな?と思いながら先へ行きます。

眠かったので、早いとこ電車に乗っちゃえ・・と思っていましたが、御餅も食べて元気になり、もう少し先へ行ってみることにしました。
道路ばかりですが、街道筋には史跡も多く残されているので、走って通るにはもったいないくらいです。
競争じゃ無し、日も高いし、のんびりのんびり一人旅を楽しみます。

西池上と言う集落に、昔の薬屋さんの看板が民家の前に残されていました。 なかなか、大きなものです、縦197cm、巾60cm。
この村林家、薬だけでなく、江戸の町でも商売で大富豪となり、千両箱で吉原遊郭貸切にしたりと、そうとう豪遊したそうです。
遊びほうけたのは4代目。 看板が保存されているのはその村林家ではないみたいです。

多気駅の南で参宮線をわたり、先へ行きます。
ため池があちらこちらにあります。
しばらく、集落などから離れ、植林の中などを行きます。

上田辺、下田辺と参宮線の近くを走ります。
やがて、田丸城跡に来ました。
まだ2時くらいですが、田丸城跡や田丸の街並みなどのんびり見て歩き、田丸駅で電車に乗ることにしました。
電車はちょっとの差で出てしまい、30分以上待ちますが、次の駅は街道から離れてしまうし、伊勢まで行くと、何とか打ち上げ会には間に合ってもお風呂に入れなくなるので、電車を待つ事にしました。

やっと来た電車にはなんと・・・ずーっと先に行ってしまっていたと思っていた越○さんや、梅○さんたちがお風呂を相可で入って、あとは宴会だけだ!と乗っているのです。

相可の御餅やさんから、熊野街道の方へ行ったところにお風呂があるそうで、風呂の後は送迎バスで駅まで送ってもらえるそうで・・・・やられた、と言う感じです。
まいりました。

伊勢駅から5分のところに銭湯があり、急いでお風呂を済ませ、打ち上げ会に参入しました。

帰りは近鉄電車で熟睡、メンバーの一人に起こしてもらえなかったら、上本町まで行ってただけでは済まなかったかもしれませんね。

距離は150kmくらいです。

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