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January 2010

01/27/2010

1月24日京都トレイル

正午頃から京都駅八条口をスタート。                   

1228kamogawa

鴨川を南に下り、陶化橋を渡り、鳥羽街道駅前から東福寺の横を東へ。

坂を登っていくと、九条御陵(仲恭天皇陵)があり、立ち寄ってみた。
振り返ると、愛宕山がくっきりと見えていた。              

1302

この辺りには、天皇陵がいくつかあるらしい。

1317sennyuji

泉涌寺門前を通り今熊野で鋭角に曲がる。
東山三十六峰マウンテンマラソンの大会の時には反対向きで走ってくるので、景色が違う。
剱神社なんていうのも初めて気が付いた。
反対向きに走るのは初めてではないけれど、新たな発見があって面白い。

街の中はうっかりすると迷いそうだ。
小さな道標が付けられているが、見落として迷う人も居るだろうなと思う。
六条山のトレイルを通り、国道1号のトンネルを過ぎる。
階段を登って清水山に進む。
この間、ランナー数人と行き交う。

1405kiyomizuyama

清水山の三角点には久しぶりに立ち寄った。
森の中で展望も無く、ひっそりとした山頂だ。

林道まで下り、また登って将軍塚の広場へ。
展望所には観光客が数人。
煙った感じであまり綺麗に見えなかった。

大会の時にはドライブウェイを走るが、京都1周トレイルの地図通り行く。
お寺の境内を通過して街に下る。
三条通り、蹴上からインクライン沿いに進み、日向神社に向かう。

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京都1周トレイルでは下の赤い鳥居の横から山道に入っていくが、ここでは大会の時のコースを行く。

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内宮の横から山道に入ると、岩戸くぐりがある。
厄除け・開運の岩くぐりだそうだ。
大会の時には素通りするので、岩くぐりしてみた。
案外広い通路だった。
4時過ぎには娘と約束していたので、

七福思案処で先へ進むのを止めて、南禅寺に下った。

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南禅寺奥のインクラインをくぐり、石川五右衛門が登って「絶景かな~」と言ったという三門を横目に京都駅を目指した。
十数年前になるかな、母と来て三門に登って景色を眺めたのを思い出した。

平安神宮の参道のお店に飾られた絵を見て立ち止まった。
前から欲しかった赤鬼の絵のマグカップが並んでいた。
思わずお店に入ってしまった。
一点ずつ絵が違う。 気に入った絵があったので買ってしまった。
赤鬼さんが登り龍をつかまえてにんまりしている絵。
それと、杯の形のぐい飲み。

娘と晩御飯食べる約束していたけれど、贅沢しなければ足りるかな~?
お風呂は時間的にも予算的にも考えて止めにして、トイレで汗を拭いて着替えた。
約束の時刻も迫っていたので、地下鉄乗り継いで京都駅に向かった。

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三条通りで「坂本龍馬とおりょうさんの内祝言の場所」という所に出会った。
おりょうさんの話では、実際は西郷隆盛が介添えではなく、金蔵寺の住職が介添えだったらしい。

トレイルランというより、観光ランでした。

01/24/2010

1月23日箕面の山

家から箕面の山・外院尾根登り口までちょうど9km。

北千里への途中のパン屋さんで2個パンを買って山に入った。
外院尾根登り口にあったケーキ屋さんが閉店したけれど、同じ道路の並びに「ichirin」というタルトのお店ができていた。
パン屋さんも新しく開店している。

1時くらい、ハイキングの人達が数人下ってきてすれ違う。

「害獣避け」のフェンスの扉を開けて山に入る。
害獣って書いてあるけれど、人間の方が害獣かも、と思ってしまう。

やっぱり山の中って良いなぁ~と思って登っていると、上からモーターバイクが一台下ってきて道を譲った。
マウンテンバイクならともかく、クロス用のモーターバイクがこんなハイキング道を走ってくるなんて嫌だな、と思ったけれど、何も言えずにすれ違った。

なんだか、悔しい気持ちと嫌な気持ちになった。
でも、気持ちの良い山道を走っていると忘れてしまうくらいだった。              

Geinone 

展望の利くところでは北摂の街、遠くに交野や寝屋川の山々が少し霞んで見えた。



しらみ地蔵への道を進み、勝尾寺線の道路を渡って自然研究路4号に入る。
年配の女性ハイカーとすれ違う。
「走ってるの?」
「ゆっくりですけど・・」
「まぁ、がんばってね~」と会話を交わす。
しばらく行くと、男性ハイカーのグループとも行き交う。
土日は人が多くてそれも楽しい。
4号の道にはイノシシが掘り起こして耕したような所がたくさんある。                 

4gou 

良い気分で勝尾寺方面に登っていくと、エンジンの音が聞こえたので振り返ると、まさか!またあのバイクが来ていた。
今度は思い切って「ここはモーターバイクで走ってはいけないんじゃないですか?」と言ってみた。
その男性ライダーは、バイクで走って道を崩したりしてないから良いんだ、とか、人にそんなこと言うのなら、山を崩して街を作ったりしているのはどうなんだ、とか、環境破壊など言うのなら歩く人も山に入るべきではない。
などなど、開き直って言う。

私はただ「ここは歩く人のために造られたハイキング用の道だから、モーターバイクで走るのはおかしい」と言っただけで、
ひとことも、環境破壊だとか言った事も無いのに・・・


誰も居ない山道、相手はクロス用のモーターバイク。
ちょっと無勢だけど。

そこへ、外国人の男性が二人通りかかった。
日本語がわかるらしく、それに、彼らもモーターバイクを見てびっくりした様子で、「ここはモーターバイクはいけないでしょう」
「上に、バイクは入らないようにと書いてありましたよ」
と加勢してくれた。

そうだ、少ないけれど確かに、モーターバイクで走行するのは禁止という看板がある。

そのライダーは問題違いなことをなおも言い続けるので、その外国の方は「バイクのナンバーをメモしておいて、山を降りたら、警察に言います」と言われた。
私はペンを持っていなかったので携帯電話にメモした。

でも、「このバイクが・・・」なんて言うつもりは無い。

自治体と警察にここのハイキング道はモーターバイクで入ってはいけないことを確かめるくらいのつもりだった。

最後に、「歩道をバイクで走りますか?ここは歩道ですよ」と言うと、返答してこなかった。

そのバイクはさらに先へ、「東海自然歩道」へも登って行き、開成皇子の墓の所まで行っていた。 ここは名前も「歩道」とついているし、その辺りは勝尾寺の地所、お寺にとっては聖域だ。

開成皇子の墓の横には、木の杣道が付けられているが、最近は傷みが目立って危ないと言うことで、通行できなくなり、杣道の下に迂回路がつけられている。
バイクはその迂回路のところで止まっていた。

「バイクなんかで走る人が居るからこんなに傷んでしまうんだ」と言いながら通り過ぎた。                 

8gousen 

東海自然歩道から清水谷へ下ろうかと思っていたら、自然研究路8号の清水谷の道は台風のために崩れて危険だからということで通行止めになっていた。                  

                       

Mitumata 勝尾寺園地に下った。
この道筋にはミツマタの木がある。 もう小さなつぼみが着いているのもあった。

トイレと広い東屋のある所まで下り、行った事の無い奥のほうに行ってみた。
明治100年記念の森という石碑が立っていた。                 

Mitisirube 

林道が整備され、各県の木が植えられている。
林道を進むと、道標があり、矢印と「北摂霊園」と書かれていた。
ここからも登っていけるんだな、と少しだけ入ってみたらまた道標があり、北摂霊園への道と、クリーンセンターへの道が示されていた。

そこで引き返し、園地から勝尾寺に出て、参道を外院に下った。
勝尾寺の敷地の境界にはぼろになってはいたけれど、箕面警察の看板があり、モーターバイクで通行する事を禁じていた。

街が近くなった辺り、山の下のほうの谷でバイクの轟音が響いていた。
さっきのバイクだろうか?

Taruto 帰り道、ichirinというお店によって、苺のタルトを買って公園でパクパク。
ちょっと高かったけれど、苺が13個乗っかっていたので、まあ、こんなもんかな。
閉店してしまった外院のケーキ屋さんの小さめシュークリームが懐かしく感じた。

今日は約28~9km。

01/23/2010

1月16日六甲・有馬の氷の滝

もう1週間たってしまいましたが・・・

土曜日に有馬に氷の滝を観にいった。

新年からずーっと冷え込んでいたし、今年一番のチャンスかな?と、急に行く事を決めて飛び起きた。

電車の時刻やバスを調べてみて、急行バスで行く事にした。
確か、阪急バスの急行があった・・・あわてて調べたので、どこで間違えたのか、JRバスに行き当たった。
「あれぇ?千里ニュータウンからも乗れたはずなのに・・・」と思いつつ、JRの緑の窓口でも切符が買える・・とか、前もって切符を買ってください・・とか、へんだなぁ?と思いながらも、丁度良い時刻のバスだったので新大阪まで行って、切符を買った。
やっと、それはJRバスだとわかった。

新大阪までの電車代が無駄だった。 阪急バスはあいかわらず、千里ニュータウン乗り場があったらしいのに。

やって来たJRバスに乗ってびっくりした。
他に誰もお客が居ない。 私一人だけ、貸切のバスとなった。
(JRバスの有馬行きは新大阪からはノンストップ)
ちなみに、バス運賃は新大阪や大阪からは阪急バスと同じ。

ロープウェイ駅のロビーで身支度整えて登っていく。
土曜日で月曜日から暖かくなりそうだと言う天気予報もあって、滝を観にいくハイカーがちらほら。

紅葉谷のハイキング道にはほとんど雪も氷も無く、アイゼン着けなくて進めた。
七曲滝への入り口で、どうかな??と考えていたら、他のハイカーの人も「アイゼン着けなくて良さそうですね」と。

近道の方へ行くと、斜面にツララと氷が張り付いて光っていた。
ロープも無くなっていたので、戻って迂回した。
Nanamagari1 

滝つぼには数人が来ていた。
そこそこ凍っていて綺麗な風景だったけれど、凍り具合は3部から4分くらいかな。
ビシーッと凍っている時にはアイスクライミングしている人も居たりするけれど、ここのところそんなに凍ったのは見たこと無い。
あれだけ寒波で冷え込んでいたと思ったのに。

3時くらいには宝塚に下って帰らないと、娘との約束もあるので、あまりゆっくりしないで先へ登る。

七曲がこれくらいだと、百間滝はあまり凍って無いかも、と思って、百間滝には行か無いつもりだったけれど、百間滝への入り口で滝を見てきた人たちと出合った。
よく凍っていて綺麗だったと言われたので、わたしも行ってみる事にした。
道も少しだけ雪があるくらいで、注意して歩けばアイゼンは必要なかった。
Hyakentaki 

もう少しで滝、と言う所で、バリバリガラガラという音が聞こえてきた。
崩れつつあるようだ。
急いで滝つぼに下る。
「わぁ~、きれい」思わず声が出る。

私が見た百間滝で一番綺麗に凍っていた。
きっといつも良く凍っていたりしたんだろうけれど、ここへ来るのが夕方だったりで、崩れてしまっていたのかもしれない。

しばらく見ている間にも、ガラガラと氷が崩れていく。

紅葉谷の道に戻って尾根に上る。
上の方はけっこう雪が積もっていて冬らしい六甲の山道が楽しめた。
極楽茶屋跡の尾根に出たのは11時16分くらい、予定の11時より百間滝に寄り道した分遅くなったけれど、やはり予定通りに東縦走路を行く事にした。


一軒茶屋の自販機で暖かい紅茶を買って、トイレ休憩。
ここのトイレ、たまに使用禁止になっていたりするので安心できないけれど、山でトイレが有るのはありがたい。

東六甲縦走路に入る。
Juusouro1 
真っ白だ。
しばらく雪の山道を楽しんだ。
宝塚に近づくほど雪は無くなり、日差しが暖かく感じたけれど、土は私の中指ほどの長さの霜柱に持ち上げられていた。

途中の道の横を入った日差しの暖かそうな所で、コッヘルでお湯を沸かしてラーメンでランチしている人も居た。
                
道は凍っていなかったのでアイゼンは始終必要なかった。
塩尾寺には13時40分くらいに着いた。
予定より1時間ほど早く宝塚に下れたので、温泉に入った。

01/21/2010

11日旧山陽道・井原(七日市宿)から尾道

朝ご飯はホテルの息子さんが忙しそうに給仕してくれて、ご飯とお茶くらいがセルフ。
生卵がついてきて、久しぶりに卵かけご飯でツルツル、お代わりして朝からお腹いっぱい食べてしまった。
夜は夜で、たくさん食べてビールを飲んで、旅を重ねるだけ太ってしまいそう~( ^)o(^ )
今日は尾道まで38km、あまりゆっくりしていると帰宅が遅くなると言うので、7時30分、昨日より30分早くスタートした。

曇り空、夜には雨になるかも。
道路の歩道のコンクリートの杭には那須与一の鏑矢を射る姿が飾られていた。
山手の方に那須与一の墓があるらしい。

七日市から尾道までのコースは常夜灯が細かに設置されていたようで、自然な形を生かした常夜灯がたくさん見られた。
いろんなユニークな形の常夜灯があり、常夜灯を見るだけでも興味深い。
台座が、まるで脚付きの巨大コンポート(盛り皿)みたいな灯篭があった。 先に進むと、灯篭の屋根の石の上の飾り石がとても大きいもの、まるで魔法使いのとんがり帽子みたいなもの、灯りをつけるところが木でできている物など。

古そうな立派な屋敷の横に、野外ギャラリーがあった。
野菜をモチーフにした写真作品と実際の野菜が展示されていて、道端の敷地なので誰でもゆっくり鑑賞できるようにしていた。
作風は野菜の断面などを利用して自然な色を組み合わせたほんわかした感じのものだった。
井原鉄道はずーっと高架のコンクリートを見せていた。
たまに一両でコトコト走るだけなのに、あれだけの高架線路の建設費用・・・よく造ったものだなぁと思う。

8時25分、高屋宿に入る。
中国地方の子守唄、「ねんねこしゃっしゃりま~せ・・・」の発祥の地の説明板があった。
「あれえ?その先の節どんなだったかなぁ?」と言うと、○野さん岡○さんが二人で歌ってくれた。

やがて、備後と備中の国境の碑。
1時間かかって、やっと1里・・なんとものんびりの旅だ。
静かな旧街道、たまにゴーと伊原鉄道の電車が通っていく。 まるで珍しい物を見るかのように皆で、「電車、走っていくよ~」と。
ガタゴトという感じではなく、新しい高架の上の線路を滑るように滑らかに進むので、そこそこ速度がありそうに見える。

途中の集落で、御餅つきの準備をしている家があった。

石の常夜灯は屋根の石の上に3段の小さな灯篭が着いたようなものがあった。

田圃の中でとんど焼の藁の山が作られていた。
竹の木を軸に藁を積み上げ、大小二つ、その藁に各家々から持ち寄ったしめ縄をくくりつけ、燃すのがこの地方のとんど焼き。
この辺りは今でも各集落ごとに準備されて行われているらしい。

9時45分、神辺宿に入る。
「廉塾跡」があり、敷地と土塀が残されていて、敷地は家庭菜園に利用されていた。
写真を撮る私の後ろから、「ようこそいらっしゃいました」と声がかかり、びっくりして振り向くと、廉塾跡地の反対側にテーブルが用意され、その奥で炭火で御餅を焼いたりしている人達がいた。
おぜんざい食べて行きませんか?ぜひ、どうぞ。とお誘いに甘えて、焼きたての御餅入りの小豆たっぷりのおぜんざいとたくあんをいただいた。
今日は井原鉄道100円Dayという事で、一回乗るのに100円で乗れるとか。 そのサービスを利用して、旧山陽道を歩く人達が大勢来るという。 それでおぜんざいなど用意して歓待される、丁度そこへ一番乗りしたみたいだった。
ボランティアガイドの方も数人いらっしゃって、その一人が昨年のNHKの「街道を行く」という番組でシンクロの選手だった奥野さんの案内で出演した方だった。

親切に案内してくれた。
篤姫が江戸へ行く再に本陣とした屋敷も残されていたが、興味深かったのは、黒田藩は独自で指定本陣が別に有ったということ。
ちょうど、休日と土曜日だけ公開していたので、黒田藩ご指定の本陣屋敷を見せてもらった。
奥の庭には大きな大きな銀杏の木があった。

反対側から大勢歩いて来る人たちとすれちがって街を出た。

10時55分、芦田川を渡る。
「地神」と彫られた石がしめ縄で飾られあちらこちらで見られた。

山手一里塚を過ぎ、スーパーやドラッグストアなどが集まったショッピングエリアでトイレを借りる。
そのエリアから出る時に、入った所から出ずに横から出た。
少し道が違ってしまったようだ。

みんな気付かないまま進むと、小さな神社があり、とんど焼きが終わったところだったが、お神酒の振るまいがあるようだったので神社に立ち寄り、樽酒をいただいた。13時45分ころ。

お酒には反応の早いメンバーだ。
匂いを嗅ぎつけるというか・・・・
神社を出てから、お神酒の味を評したり・・、小さいながらも樽酒で美味しかった。

山を少し上った所に学校が見えた。
私たちはどんどん登って行ってしまっていて、ようやく旧山陽道と違う事に気がついてコースを修正した。
でも、道を間違わなかったら先ほどの神社でお神酒をいただいたり出来なかったのだし、まぁ良いか!と納得した。

14時10分、今津宿脇本陣跡を過ぎる。

20km地点の津之郷の一本松は現存していなかった。
14時16分、尾道市に入る、といっても、まだまだゴールの尾道の町までは17、8kmくらいある。
国道を通ると道路標識に「しまなみ海道」の案内が。
西瀬戸自動車道のインターあたりは旧街道が潰されている。
峠を登る。
国境の碑と番所跡を過ぎて下っていくと、しまなみ海道、新尾道大橋の上部が見えた。
尾道の市街に入る。

旧街道ではなく、ここはせっかくなので寺巡りの道を行く事にした。

写真を撮りながら進んでいくと、「西国寺」の門前でボランティアガイドをしている人に出会った。
何処のお寺に立ち寄るという予定も知識も持たずにただ歩いてきょろきょろしていたので「これは、ちょっと案内してあげなくては・・」と思われたのだろう。

西国寺に行くのかと問われたけれど、「いいえ、特に決めて無いんです」と言うと、「西国寺は脚の疲れや故障に御利益があるんですよ」と言われたので、「じゃぁ」ということになり、西国寺に立ち寄ることにした。

参道は立派な石畳、山門には大きな大きな草鞋や大小いろんな草鞋が釣られていた。
この草鞋に手を触れて、足腰の痛いところを擦ると良くなるのだとか。
本堂の方へ登るのは石の階段だったけれど登ってみると、尾道が一望に出来そうなほど眺めが良かった。
尾道水道もよく見えた。

尾道で出会ったボランティアガイドさんによれば、尾道はお寺巡りだけでも一日では無理、2日かかるとか。
たくさんお寺があるだけではなくて、階段や坂道ばかりでとてもきつい道ばかりだから。
尾道で宿泊するなら、街のホテルではなくて向島の民宿が良いですよと教えてくれた。
食事も美味しいらしい。
獲れたてのお魚料理がたくさん出るのかな?

西国寺の境内には桜の古木がたくさんあった。
春と夏は半年前くらいから予約しないと宿はいっぱいらしい。

細い路地、階段が建物を縫うようにして「寺巡り」の道は石畳になっているし、道標もあるし、海と山に挟まれた地形なので方向も間違う事が無い街だ。
観光客も多かった。
志賀直哉の旧宅もあった。

駅前を過ぎ、お風呂屋さんに行った。
駅に近いお風呂屋さんは月曜日が定休日で、ちょっと離れた大栄湯に行った。
こじんまりした、シンプルなお風呂だった。

再び駅に向かう頃には暗くなっていた。

旅行案内所で聞いたら、評判の「尾道ラーメン屋」は1kmくらい離れていると言うので、駅の近くの
ラーメン屋に入った。
海の近くのラーメン屋には「ゲソのから揚げ」があり、またビールで乾杯となった。

お喋りしながら、寄り道しながら、お神酒をいただきながら、地元の人ともお話したり、何時までに着かないといけないというノルマも無く、ほんとにのんびり旧街道を楽しんだ旅だった。

知り合いのランナーさんたちと偶然同じホテルで出会ったり、びっくりする事もあったし。

故障で3ヶ月全く走っていなかったという○野さんも最後まで一緒に行けたし、良い旅でした。

10日旧山陽道・岡山から井原

岡山のホテルは都会的で朝食のバイキングもいろいろあってお腹いっぱい食べて、快適で良かったねぇ~と言い合う私たち女性三人に、平○さんから、「今日泊まるホテル、同じようなのを期待されては困るよ~、三人はタコ部屋だよ~」と釘を刺されつつスタート。

まず、岡山駅を西側に通過する。
冷え込んで寒いけれど、陽が差すと丁度良い感じ。

岡山市街を抜けて川を三本渡る。
そこで少し曲がるところを間違えて行き止まりに。
でも、オープンな感じの小さな畑(家庭菜園くらい)をひょいっと抜けて土手を登ると土手上の道に行けた。
それを見ていた散歩帰りらしき地元の人に、「そこは道ではないよ!」と・・・叱られてしまった。
吉備線を渡ると「吉備津彦神社」があった。
平○さんの作ってくれた地図にはたくさんのチェックポイントがあるけれど、たまには見当たらなかったりすることもあり、「神社」といっても小さな神社かな?と思っていたが、参拝客で賑わう大きな神社だった。
ここにも、備前焼の狛犬があった。
冷えていたからか、朝ご飯食べ過ぎたからか、6kmくらいしか進んでいないのにトイレを借りたくなった。

奥へ行くと、陶器市も催されたり、成人式の青年も居たり、絵馬に願い事を記して祈願する人も大勢で賑わいのある新年の神社の雰囲気を味わえた。

吉備中山の山すその静かな道を進んで行くと、さっきよりさらに広く大きな「吉備津神社」があった。
吉備津彦神社より奥が広く、建物も大きく、人出も多くてびっくりした。

奥へ進むと、「こっち、こっち」とみんなが手招きするので行ってみると、お神酒の大樽があった。
お賽銭を入れて、升に入れてもらって一杯いただいた。

屋台のお店も出てかなりの賑わいだ。
参拝に来る車は渋滞していた。
ウォーキングの会の団体客もゾロゾロ。

吉備津神社から進んで、板倉宿へ。

のどかな集落や畑などなかを進み、矢部へ。
「鯉喰神社」を右手に見て2kmほど進むと山手に国分尼寺跡があり、土塀のあったところなどは、そうと解る程度に残っていた。
公園として整備された遊歩道を進むと、右手丘の上に立派な塔が見え、ごぉ~んと寺の鐘の音が聞こえてきた。
岡山駅から14km「備中国分寺」、11時47分着。

岡山から吉備津神社近くを通って、さらに国分寺、先はどこまで続くのか?自転車専用道路が整備されている。

国分寺を出て道路を渡ると、道の駅のような所があり、私はお腹も空いていたけれど、他の皆さんは朝ご飯たくさん食べてまだお昼ご飯食べなくても良いというので、あと5kmほど先のコンビニのあるところまで行く事にして進む。

やがて車通りに合流し、まっすぐな道路を進む。
伯備線の踏切を渡ったところに待望のコンビニがあった。
なかなか、店内で食事させてもらえるコンビニには行き当たらないけれど、陽も差して何とか・・・ゆっくりしてると寒くなるので、冷えてこないうちに食事をとり、進む。

やっと20km。
13時20分、高梁川を渡り、川辺宿に入る。
ここの橋は古い道路の橋を歩道専用にしたもので、2車線の広さがあった。 もちろん、横には新しい車用の橋がある。

車道から下った所に川辺一里塚跡、その先に本陣跡の碑があった。

左に伊原鉄道伊原線が走っている。 驚いた事に、この鉄道、めったに通らないし、ガーっと音がして見てみると、たったの一両だけで運行している。 何が驚いたかと言うと、ずーっとずーっと続く新しいコンクリートの橋げたの高架の鉄道だったから。
ちょっと見た所では新幹線かな?と思ってしまったほど。
行けども行けどもその高架線路が続いていた。

旧山陽道は川に沿って山すそを進んでいく。

34km矢掛宿、16時くらいに入る。
古い屋敷が良く残され、宿場町として栄えた雰囲気を味わう事が出来る街だった。
本陣跡には碑が立てられていたが、今そこに建っている屋敷も立派だった。
そこに住みながら街並みを残すのも大変そうだなぁ、と思った。

だんだん日が暮れてくる。
赤色灯やヘッドライトなど、せっかく持ってきていたのに昨日は準備する暇が無く気がついたら暗くなってしまい、細い旧街道に車がいっぱいで歩きにくく、ライトを着けないまま行ってしまったので、今日は早めにライトを準備した。
でも、岡山と違い、ずーっと田舎道で地図を見る以外あまり役にたってなかったかも。

暗くなって、七日市宿に入る。
駅前には何か地元の特徴を現すものだろうか?イルミネイションが点き、駅前の道路も広く立派だった。
しかし、食事する所あるのかな?
そこへ、ワンちゃんの散歩の方が通りかかり、尋ねると、幾つか教えてくれたけれど、あまり近くには選べるほども飲食店は無さそう。
コンビニはあったので、いざとなったらコンビニで何か買い込んでホテルで食べてもいいかなぁ?と思っていたけれど、「一平ちゃん」という小さなラーメン屋さんに入ることに。
一品料理もいろいろあったので良かった。

「とりあえず、生ね~」とビールを注文すると、「お一つですね」なんて。
4っつです。と言うとびっくりしたような顔。
この辺りの女性はあまり生ビール注文しないのかなぁ?

通りは広いけれど小さな街、しばらく行き、路地を入った所にホテルがあった。
広さはあるが、古くて廊下などは暖房が入っていなくて寒々としていた。
なんと、そこで私たちと反対のコースを進んできた知り合いのランナーさんたちに偶然遭遇し、みんなでびっくり!!びっくり!!
浅○さんたちのグループは6人くらいだったかな、私たちが明日ゴールとする尾道からやってきたけれど、ゴールした街には宿泊する所が無かったので電車で戻ってきたのだとか。
よりによって、同じ日に同じホテルとは・・・。

平○さんがいっていた通り、私たちは今日は3人部屋。
でも、広い和室でゆっくり休めた。
やたら広いと思ったら、ここは国民宿舎だった建物だとか、仕事で定宿として利用する人も多いのかな?、コインランドリーもあった。

2日目は47km。

1月9日から11日旧山陽道・三石から走り歩き旅

9日
10時過ぎ、三石駅に着く(電車)
土曜日とあって、通勤通学の人も多く、電車は途中まで満席だった。
電車で合流した平○さんが地図を配ってくれたけれど、到着まで地図には目もくれずお喋りしていた。

気温は10度くらい、陽が差しているところはすこーし暖かく感じる程度。
三石駅は駅員さんが居たけれど、小さな静かな駅。
履いていた暖かいパンツをオーバーパンツに替えて、トイレに行って身支度済んでスタートした。

メンバーは4人。
先頭は平○さん。 岡○さん、○野さん、私が続く。
今日の行程は約40km、岡山まで。

三石宿は小さな集落だった。
旧街道らしく、一里塚の跡、本陣跡など、平○さんが用意してくれた地図にはたくさんチェックポイントが記されている。
500mくらいで三石宿を過ぎ、国道を進む。
なだらかな登坂。 八木山で5km。
国道から旧道に入ると通りに民家がちらちらと並ぶ。

11km、片上宿。
宇佐八幡宮には大きな備前焼の狛犬があった。
初めて見た大きな備前焼の赤い狛犬にびっくり。
さすが備前焼の土地、ここから先、いくつかの神社に備前焼の狛犬が据えられていた。

街の中で少しコースアウトしたら片上湾が見えた。
理髪店の横に植えられていた金柑、黄色い色と大きさが美味しそうだったので、ちょっといただいて食べたらとても甘くて美味しかった。
町外れの登り坂を登ったところに「お夏茶屋跡」があった。
ちょっと手前の街道沿いに悲恋の石塚があった。
お夏と藩お抱え医者の悲恋物語があったらしい。
きっと、お夏さんは別嬪さんだったんだろうなぁ・・と思っていたら、その「お夏茶屋跡」には「お夏は美貌の人」だった事などが書かれていた。
峠を下り伊部の街に入る。
ここは備前焼の窯元や焼き物の店が軒を並べる街だった。
急ぐ旅ではないのでウィンドウを覗いたり、お店に入ったり。
リュックを背負っての走り旅ではなかったら買いたくなる物もあったけれど、リュックは余裕無くいっぱいだし、またの機会にとあきらめる。

街道筋から少しそれて山手に入ったところに「史跡天保窯」がある。
その窯の近くで小物など売っていた方がいろいろと備前焼のことなど説明してくれた。
自分の家は代々殿様から備前の窯元として指定された家の一つだとか、先祖の墓には初代の作った壷があるとか、お墓に入ってもいいので、見ておいでとも言ってくださったけれど、そんなにゆっくりもしていられないのでお墓は見ないで街道に戻った。
細い川を渡る。
橋の欄干も、お地蔵様も備前焼。

香登を過ぎ、吉井川沿いを行く。
ドライブインの横に「長船造剣の跡」と書かれた看板があった。
名刀が作られたところなのだろうか。
備前大橋を渡る。 備前大橋の歩道にも備前焼のプレートがはめ込まれていた。

しばらく国道を走り、旧道に入るとのどかな感じでほっとする。
街道には常夜灯が所々に設置されているのが今も残されていて、昔の旅人が日が暮れてから、この灯篭の明かりを頼りに宿場に急いだのだろうな~と思ったりする。

しばらく畑の多いのどかな所をのんびり進む。
香登の集落では公民館が開いていたのでトイレをお借りした。
一里塚もほとんどが「跡」という形だけれど、新しい石や説明板などで残されている。
山陽新幹線がほぼ平行に走っている。
15時30分、岡山市に入る。
マンホールの模様がももとブドウ、消火栓の蓋には桃太郎が消火ホースを持っている可愛いデザイン。

藤井宿で約30km。17時過ぎ。
藤井宿のはずれ辺りに分岐があり、1864年に山陽道を迂回させた新山陽道の分岐だった。
開国に反対する長州征伐に赴く幕府の兵が岡山城下を通過しないようにしたのだとか。

新幹線をくぐり、赤穂線を渡る頃は薄暗くなってきた。
岡山市街に近づくと旧街道筋は広い国道がすぐ近くを平行に走っているためか?抜け道になっているらしく、車の往来が多くなり、歩道も無い細い道は車でいっぱい。
人が通る隙も無いくらいでなかなかスムーズに進まない。
おまけにドライバーのマナーは悪く、こちらが民家の敷地にでも逃げないと当てられそうな感じで迫ってくる。

百間川を渡り、やがてやっと城下町に入っていく。
岡山市の街にはまだ路面電車が走っている。
久しぶりに見る路面電車に懐かしさを感じる。

ホテルの近くで居酒屋さんに入り、1日目の打ち上げ兼夕ご飯。
ビジネスホテルで宿泊。
都会的なビジネスホテルには広いお風呂もあったので脚を充分に伸ばして暖まり満足~。

朝食のバイキングを楽しみに休みます。

2日目に続く。

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