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01/21/2010

11日旧山陽道・井原(七日市宿)から尾道

朝ご飯はホテルの息子さんが忙しそうに給仕してくれて、ご飯とお茶くらいがセルフ。
生卵がついてきて、久しぶりに卵かけご飯でツルツル、お代わりして朝からお腹いっぱい食べてしまった。
夜は夜で、たくさん食べてビールを飲んで、旅を重ねるだけ太ってしまいそう~( ^)o(^ )
今日は尾道まで38km、あまりゆっくりしていると帰宅が遅くなると言うので、7時30分、昨日より30分早くスタートした。

曇り空、夜には雨になるかも。
道路の歩道のコンクリートの杭には那須与一の鏑矢を射る姿が飾られていた。
山手の方に那須与一の墓があるらしい。

七日市から尾道までのコースは常夜灯が細かに設置されていたようで、自然な形を生かした常夜灯がたくさん見られた。
いろんなユニークな形の常夜灯があり、常夜灯を見るだけでも興味深い。
台座が、まるで脚付きの巨大コンポート(盛り皿)みたいな灯篭があった。 先に進むと、灯篭の屋根の石の上の飾り石がとても大きいもの、まるで魔法使いのとんがり帽子みたいなもの、灯りをつけるところが木でできている物など。

古そうな立派な屋敷の横に、野外ギャラリーがあった。
野菜をモチーフにした写真作品と実際の野菜が展示されていて、道端の敷地なので誰でもゆっくり鑑賞できるようにしていた。
作風は野菜の断面などを利用して自然な色を組み合わせたほんわかした感じのものだった。
井原鉄道はずーっと高架のコンクリートを見せていた。
たまに一両でコトコト走るだけなのに、あれだけの高架線路の建設費用・・・よく造ったものだなぁと思う。

8時25分、高屋宿に入る。
中国地方の子守唄、「ねんねこしゃっしゃりま~せ・・・」の発祥の地の説明板があった。
「あれえ?その先の節どんなだったかなぁ?」と言うと、○野さん岡○さんが二人で歌ってくれた。

やがて、備後と備中の国境の碑。
1時間かかって、やっと1里・・なんとものんびりの旅だ。
静かな旧街道、たまにゴーと伊原鉄道の電車が通っていく。 まるで珍しい物を見るかのように皆で、「電車、走っていくよ~」と。
ガタゴトという感じではなく、新しい高架の上の線路を滑るように滑らかに進むので、そこそこ速度がありそうに見える。

途中の集落で、御餅つきの準備をしている家があった。

石の常夜灯は屋根の石の上に3段の小さな灯篭が着いたようなものがあった。

田圃の中でとんど焼の藁の山が作られていた。
竹の木を軸に藁を積み上げ、大小二つ、その藁に各家々から持ち寄ったしめ縄をくくりつけ、燃すのがこの地方のとんど焼き。
この辺りは今でも各集落ごとに準備されて行われているらしい。

9時45分、神辺宿に入る。
「廉塾跡」があり、敷地と土塀が残されていて、敷地は家庭菜園に利用されていた。
写真を撮る私の後ろから、「ようこそいらっしゃいました」と声がかかり、びっくりして振り向くと、廉塾跡地の反対側にテーブルが用意され、その奥で炭火で御餅を焼いたりしている人達がいた。
おぜんざい食べて行きませんか?ぜひ、どうぞ。とお誘いに甘えて、焼きたての御餅入りの小豆たっぷりのおぜんざいとたくあんをいただいた。
今日は井原鉄道100円Dayという事で、一回乗るのに100円で乗れるとか。 そのサービスを利用して、旧山陽道を歩く人達が大勢来るという。 それでおぜんざいなど用意して歓待される、丁度そこへ一番乗りしたみたいだった。
ボランティアガイドの方も数人いらっしゃって、その一人が昨年のNHKの「街道を行く」という番組でシンクロの選手だった奥野さんの案内で出演した方だった。

親切に案内してくれた。
篤姫が江戸へ行く再に本陣とした屋敷も残されていたが、興味深かったのは、黒田藩は独自で指定本陣が別に有ったということ。
ちょうど、休日と土曜日だけ公開していたので、黒田藩ご指定の本陣屋敷を見せてもらった。
奥の庭には大きな大きな銀杏の木があった。

反対側から大勢歩いて来る人たちとすれちがって街を出た。

10時55分、芦田川を渡る。
「地神」と彫られた石がしめ縄で飾られあちらこちらで見られた。

山手一里塚を過ぎ、スーパーやドラッグストアなどが集まったショッピングエリアでトイレを借りる。
そのエリアから出る時に、入った所から出ずに横から出た。
少し道が違ってしまったようだ。

みんな気付かないまま進むと、小さな神社があり、とんど焼きが終わったところだったが、お神酒の振るまいがあるようだったので神社に立ち寄り、樽酒をいただいた。13時45分ころ。

お酒には反応の早いメンバーだ。
匂いを嗅ぎつけるというか・・・・
神社を出てから、お神酒の味を評したり・・、小さいながらも樽酒で美味しかった。

山を少し上った所に学校が見えた。
私たちはどんどん登って行ってしまっていて、ようやく旧山陽道と違う事に気がついてコースを修正した。
でも、道を間違わなかったら先ほどの神社でお神酒をいただいたり出来なかったのだし、まぁ良いか!と納得した。

14時10分、今津宿脇本陣跡を過ぎる。

20km地点の津之郷の一本松は現存していなかった。
14時16分、尾道市に入る、といっても、まだまだゴールの尾道の町までは17、8kmくらいある。
国道を通ると道路標識に「しまなみ海道」の案内が。
西瀬戸自動車道のインターあたりは旧街道が潰されている。
峠を登る。
国境の碑と番所跡を過ぎて下っていくと、しまなみ海道、新尾道大橋の上部が見えた。
尾道の市街に入る。

旧街道ではなく、ここはせっかくなので寺巡りの道を行く事にした。

写真を撮りながら進んでいくと、「西国寺」の門前でボランティアガイドをしている人に出会った。
何処のお寺に立ち寄るという予定も知識も持たずにただ歩いてきょろきょろしていたので「これは、ちょっと案内してあげなくては・・」と思われたのだろう。

西国寺に行くのかと問われたけれど、「いいえ、特に決めて無いんです」と言うと、「西国寺は脚の疲れや故障に御利益があるんですよ」と言われたので、「じゃぁ」ということになり、西国寺に立ち寄ることにした。

参道は立派な石畳、山門には大きな大きな草鞋や大小いろんな草鞋が釣られていた。
この草鞋に手を触れて、足腰の痛いところを擦ると良くなるのだとか。
本堂の方へ登るのは石の階段だったけれど登ってみると、尾道が一望に出来そうなほど眺めが良かった。
尾道水道もよく見えた。

尾道で出会ったボランティアガイドさんによれば、尾道はお寺巡りだけでも一日では無理、2日かかるとか。
たくさんお寺があるだけではなくて、階段や坂道ばかりでとてもきつい道ばかりだから。
尾道で宿泊するなら、街のホテルではなくて向島の民宿が良いですよと教えてくれた。
食事も美味しいらしい。
獲れたてのお魚料理がたくさん出るのかな?

西国寺の境内には桜の古木がたくさんあった。
春と夏は半年前くらいから予約しないと宿はいっぱいらしい。

細い路地、階段が建物を縫うようにして「寺巡り」の道は石畳になっているし、道標もあるし、海と山に挟まれた地形なので方向も間違う事が無い街だ。
観光客も多かった。
志賀直哉の旧宅もあった。

駅前を過ぎ、お風呂屋さんに行った。
駅に近いお風呂屋さんは月曜日が定休日で、ちょっと離れた大栄湯に行った。
こじんまりした、シンプルなお風呂だった。

再び駅に向かう頃には暗くなっていた。

旅行案内所で聞いたら、評判の「尾道ラーメン屋」は1kmくらい離れていると言うので、駅の近くの
ラーメン屋に入った。
海の近くのラーメン屋には「ゲソのから揚げ」があり、またビールで乾杯となった。

お喋りしながら、寄り道しながら、お神酒をいただきながら、地元の人ともお話したり、何時までに着かないといけないというノルマも無く、ほんとにのんびり旧街道を楽しんだ旅だった。

知り合いのランナーさんたちと偶然同じホテルで出会ったり、びっくりする事もあったし。

故障で3ヶ月全く走っていなかったという○野さんも最後まで一緒に行けたし、良い旅でした。

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